力一杯に引かれた腕に足のバランスが崩れた。
あの海鳴神社の時のように後ろへ倒れ込みそうになる。


「…ひゃっ!」


仰け反る背中がドスンと何かにぶつかった。クッションのように跳ね返りそうになる上半身を温かいものが抑えた。



「…セーフ」


頭の上で声がして、ふわっと温かい息遣いを感じる。
その後、胸の前を抑えていた腕に力が込もり、ぎゅっと背後から抱き締められてしまった。


「逃げるなよ、花梨。ようやく戻って来れたのに」


懐かしい声が名前を呼び、腕が体の前で交差する。


「俺のマーメイド…ただいま」


緩く纏め上げた髪の隙間にキスを落とす。
唇の触れた辺りが急に熱いと感じ、ドクン…と激しく胸が鳴り響く。

こんなふうにされたりしては困る。
自分の気持ちが抑えられなくなる。


「駄目っ…!離れてっ…!」


ぶんぶんと体を左右に振った。
彼の腕に抱き締められるのを願い続けていたけれど、やっぱりそれを心から喜べない。


やっぱり私は臆病者だ。
水泳の時と同じく、先の見えない未来が怖い。


いくら彼が好きでも不倫は嫌だ。
誰かを不幸にしてまで自分が幸せになりたくもない。


「お願いだから離して下さい社長!私をもう振り回さないでっ!」


恋人のフリをするのはもう止めるから。