「あれっ?おかしいなぁ。確かにここに置いたはずなのに」
次の授業は美術だったので、わたしは自分のロッカーに絵の具を取りに行った。しかし普段置いている場所に、絵の具は見あたらなかった。

授業がそろそろ始まってしまうので、友達の佐紀がわたしをせかした。
「やわら、早く美術室行かないと鐘が鳴っちゃうよ」
「ごめん、二人とも遅れちゃうから先に行ってて」
私の返事を聞いてみいが、
「もうやわらったら、見つけたらダッシュで来るんだよ」
「は~い!」
みいと佐紀が先に美術室に向かった後、わたしは自分の机の周囲やロッカーを探しまわった。いつもロッカーに置いてあるはずなのに、結局絵の具セットは見つからなかった。そうこうしているうちに、5限目がはじまるチャイムが鳴ってしまう。キーンコーンカーンコーン

「やばっ、もう美術室行かなきゃ。絵の具どこ置いたんだろ?おかしいなぁ」
あきらめて美術室に向かおうとするが、最後にもう一度だけロッカーを見渡すと普段誰も使っていないロッカーに絵の具セットが置かれているのに気づいた。
『ん?もしかして…』
置かれていた絵の具セットを取り出し、ネームプレートを確認すると自分の名前が記入されていた。
「あった~!!よかった~」

わたしは急いで美術室に走ったが、結局授業には5分遅れてしまった。遅れてきた私の姿を見て美術の工藤先生が注意してきた。
「やわらさん、遅刻ですね」
「すみません、絵の具セットを探していて遅れました」
「そうですか、前もって準備しておくようにしてくださいね。それでは席についてください」
「はい、すみませんでした」

先生に遅れた理由を報告し、わたしはそそくさと席についた。佐紀とみいが私の様子をみて話しかけてきた。
「やわら、見つかってよかったね」
「うん、誰も使ってないロッカーに置いてあった」
「もう、しっかりしてよね」
「うん、ごめんね心配かけて」
わたしは絵の具セットを広げて授業の準備をしながら、絵の具セットが他のロッカーの場所に置かれていたことに疑問を感じていた。
『おかしいな、確かに自分のロッカーに入れてたはずなんだけど。気のせいかな?』



今日の美術は果物を写生し、それに絵の具で色を塗っていく作業であった。教室の中心にりんごとバナナ、花瓶が置かれて、それをデッサンして色を塗る。闘馬が描いた果物や花瓶は本物の様に描かれていて、なかなかの腕前であった。どうやら闘馬はスポーツだけではなく、美術のセンスもあるらしい。普段はあまり褒めることのない工藤先生も、闘馬の絵を見て褒めていた。
「長谷部君、なかなか上手ですね」
「いえ、そんなことはないですよ。まだまだです」
先生の声を受けて、闘馬の周囲に野次馬が群がる。
「ほんとだ、すごーい。果物が本物みたい」
「絵も上手いんだね」
「イケメンでスポーツもできて、絵も上手いのかよ。神だな」
闘馬の周りに生徒が集まりすぎたため、先生が全員に声をかける。

「はいはい、みんな自分の席について。長谷部君のように、みんなも対象をしっかりと観察して描くようにね」
「はーい」


『あいつ、ことごとく目立つわね』
周りの野次馬がいなくなってからわたしはもう一度闘馬の絵を覗き見ると、なかなかの腕前に驚いた。自分はというと、美術は苦手で絵の腕前は中の下である。
『こんな絵、あいつに見られたら何て言われるか』
わたしは闘馬に絵を見られないような向きに絵を傾けて、授業が早く終わるのを待った。
キーンコーンカーンコーン
『やっと終わった~、あいつに見られないうちに絵を片付けてしまおう』
絵の具が乾くまで美術室の所定の位置に自分の絵を片付けに行こうとすると、今一番関わりたくない闘馬から声をかけられる。

「絵を片付ける場所ってどこ?」
「えっ!!あ、あっち」
わたしはとっさのことに驚いて指を差したものの
「お前も置きに行くんだろ、ついてくよ」
「えっ、ほら、みんなが行ってる方だよ」
と言って、闘馬を先に行かせるように促す。
『うわ、面倒くさい奴。くるなくるな』

「…、そっか」
闘馬は一瞬の間を置いて返事したが、わたしの思惑通り闘馬はみんなが絵を置きに行っている方向に向かった。わたしは先に闘馬が絵を置きに行くのを見届けてほっとした。
『はぁ~、よかった。あいつに私の絵を見られたら何て言われるか。。。っていうかなんでいちいち私に聞いてくるわけ、勘弁してよ~』