翌日、朝の稽古を終えてわたしは清清しい気分の中で登校した。いつものように自分の席に着こうとすると、闘馬の席に気づいてテンションが一気に落ちた。

あ~ぁ、よりによって隣の席だもんなぁ。あいつの顔をこれから毎日見ると思うだけで怒りがこみ上げてくるかも。

キーンコーン、始業のベルが鳴るギリギリになって闘馬は気だるげに登校してきた。

「闘馬、ぎりぎりかよ~、おはよ」
「闘馬君、おはよ~」
「はよ」

あいつ、転校二日目から遅刻ギリギリかい。何てたるんでるのかしら。闘馬は席につくと、わたしの方をみてきた。昨日のこともあり、わたしはつんとして挨拶もせずそっぽを向いた。

「おはよ」
そんなわたしの態度はおかまいなしに、闘馬はわたしに挨拶をしてきた。闘馬もわたしのことを嫌っていると思っていたので、挨拶をしてくるとは思わなかった。

少し驚きつつ、
「おはよ」
とだけ返した。
本当はあの時わたしは、助けてもらったお礼をきちんと伝えようと思っていたのだ。それなのに、下着のことをからかわれたり、女はしゃしゃりでるなとプライドを傷つけられたためになぜだか闘馬に対して怒りを抱いている自分がいたことに気づく。あの時闘馬がいなければ、自分は不良たちに暴行されていた。それを頭では理解しているのだが、なぜだか素直になれない自分に反省した。


始業のベルが鳴り、1限目の現国の授業が始まる。

「はい、今日は前回の物語の続きから解説始めるわよ。あ、長谷部君は転校してきて分からない点があると思うので周りの人も協力してあげてね」
「はーい」
すでに闘馬に対して好意を寄せているクラスの生徒達は、協力的な返事をした。

授業が始まると隣の席の闘馬が机の中をごそごそとあさり、何かを探しているようだった。もしかして忘れ物でもしたのかな、そう思っていると闘馬がわたしに話しかけてきた。

「おい、やわら。教科書忘れたから見せてくれよ」
いきなり下の名前を呼び捨てにされ、わたしは驚いた。
「はぁ?やわらって何よ。いきなり名前呼び捨て。田中ですけど」

「まあ、いいじゃんやわら。先生も協力してって言ってるわけだし」
こいつ、田中って言ったそばからわざとやわらって呼び捨てにしてくるなんて。
「あなたね、喧嘩売ってるわけ。やわらって呼ばないで」

そうこうしているうちに、闘馬はわたしの机に自分の机を近づけてきた。わたしは仕方なく教科書を開き、お互いの机の真ん中に置いた。

「さんきゅー」
「あなたね、転校2日目にたるみすぎよ」

闘馬は何が?といった不思議な顔をしている。
「?」

「教科書忘れてるし、今日なんて遅刻ぎりぎりじゃない、もう少し早く来たほうがいいわよ」
わたしは自覚のない闘馬に向かって、駄目だしを告げた。
「何かお前、お母さんみたいだな」
何を言うかと思ったら、闘馬はそんな言葉を返してきた。

「はぁ~!私はあんたのお母さんじゃ…」
と言って闘馬に怒りを向けると、闘馬は黙って前方に目配せをした。わたしがふと前を向くと、現国の先生が怒りの表情でわたしを見下ろしていた。

「田中さん、授業中におしゃべりしないでくださる!」
その後の授業はわたしにとって散々だった。先生に目をつけられ、問題を3回当てられるわ、みんなのプリントを回収して職員室に持ってくるように頼まれてしまった。
プリントを先生に届けて、職員室から戻る。
はぁ~、全く今日は朝から散々だわ。何で私がこんな目にあわなきゃいけないわけ。教室に戻ると、真っ先にわたしの目についたのは闘馬がクラスの女子らに囲まれながら楽しそうにおしゃべりしている様子だった。
何であいつだけのうのうと…、その姿がさらにわたしの怒りを増幅させる。

わたしが席に戻ろうとすると、佐紀が話しかけてきた。
「やわらおかえり、さっきは大変だったわね」
「ほんとよ、どうして私だけ先生に目をつけられなきゃなんないのか。はぁ」
思わずため息がでた。

そんなわたしの様子を離れたところから睨みつける3人組の女子生徒がいたことに、わたしはその時気づきもしなかった。