海斗が出て行き、数か月経った。


 海斗と暮らしたのは、僅か一か月だった。

 もっと長かったような深い想いと、あっと言う間の夢だったような……



「柚奈さん、少しいい?」

 岸谷が帰ろうとする柚奈を引き止めた。

 柚奈は岸谷と並んで駐車場に向かった。



「柚奈さん、この間の彼とはどうなの?」


「えっ。別に……」


「彼は…… よく分からないけど、普通の男じゃない気がする。一緒にいても苦労するだけじゃないか? 僕なら、穏やかな生活を約束出来る。柚奈さんに心配はかけない…… 真君の大学資金くらい僕が出す。だから、僕と結婚してもらえないだろうか?」

 

「所長?」


「僕は、柚奈さんがずっと好きでした……」


 所長は穏やかな目で、柚奈を見た。




 柚奈は、鞄から梅田にもらったしおりを出し、そっと胸に当てた。


『柚奈さんは、誰を信じているの?』


 梅田の声が聞こえた気がする……



 目を瞑って浮かぶのは、海斗の目だ……


 今は、まだ海斗を信じたい……


 バカだって分かっている……


 でも、穏やかな暮らしなんていらない……


 苦しくても、海斗を胸の中に生きて行きたい……


「ごめんなさい…… 所長…… 私、信じたい人が居るんです……」



「そうですか…… 凄く残念です……」

 所長の顔は、凄く寂しそうに見えた。

 柚奈は、今まで岸田が陰ながら支えてくれた事に、今になって気が付いた。

 本当に助けてもらった……


 
「所長には、本当に感謝しています……」

 柚奈は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「いいえ、好きでやってた事ですから…… 少しでも、柚奈さんと真君の力になれて、良かった…… だから、そんな悲しい顔しないでください」


 所長は、優しい笑みを見せ背中を向けた。

 柚奈は、所長の背中に深々と頭を下げた。