「おはようございます」


 柚奈は老人デイサービスに努めてもう十年以上になる。
 ヘルパーから始めて、今では介護福祉士として働いている。


「おはよう、柚奈」


 柚奈と同じユニットで働く、深山望(みやまのぞみ)が元気よく答えてくれる。

 柚奈と望は同じシングルマザーという事もあってか、心の内を話せる良き友人でもある。


「今夜から、海斗の新番組始まるねぇ。また、胸キュンキュンしちゃうよ」


「柚奈、海斗好きだね。私はライバル役の川島悠太がいいわ」


「悠太もいいねぇ ドキドキしすぎて心臓持つかな?」


「ちょっと、辞めてよ。イケメンアイドル見て心臓発作とか、いやだからね!」
 望が冗談まじりに、顏を顰めた。


 別に追っかけをしたり、グッズを買い集めたりするようなファンと言う訳ではない。
 ドラマの役にキュンキュンと現実逃避して、仕事へのエネルギーに変えているだけだ。


 柚奈と望の笑い声が、明るい木の木目がデザインされたユニットに響いた。



「朝からにぎやかな事で……」


 軽くため息を交えながら笑顔で入ってきたのは、所長の岸谷健二だ。

 岸谷は四十才前半で、福祉施設の所長にふさわしく、穏やかで気配りの出来る人だ。
 しかも、年寄りの介護の仕事が長い為か、体つきもがっちりしていて年齢より若く見え、そこそこモテるのでは? と思うのだが何故か独身。



「それでは朝会はじめますよ」

 所長の岸谷の号令で、十人程の職員が集まってくる。


 今日の受け入れ利用者の確認と送迎等の段取りだ。


 打ち合わせが済むと、銘々に自分の仕事へと段取りを始めていく。


「所長!」
 柚奈は岸谷を呼び止めた。


「はい?」


「すみませんが、ホームのヘルプの仕事もう少し増やしてもらえませんか?」


「それは助かりますが、今でも十分入っていると思うんですけど……」
 岸谷はあまりいい顔をしない。


 柚奈は、デイサービスの他に、隣接するグループホームでの食事介助をやっていた。


「日曜日でも構わないので」


「そこまで働かせる訳にはいかないですよ」


「そうですよね……」
 柚奈は肩を落とした。


「でも、他でバイトとかしないで下さいよ。もう少し検討するので」


「お願いします」

 柚奈は頭を下げた。


 岸谷は、頭を下げる柚奈を少し切なそうな目で見ていた。


「あの、柚奈さん、僕の作った物で悪いけど、畑で野菜が取れたので少し持ってきたので、よかったらどうぞ」
 岸谷は少し照れながら控え目な口調だった。


「ありがとうございます。助かります!」

 柚奈は目を輝かせて喜んだ。

 その姿に岸谷の顔が少し赤くなり、ほっとした表情に変わった。


「それじゃあ、後で車にお持ちしますね」


「はい」


 柚奈が嬉しそうに仕事に向かっていく姿を岸谷はじっと見ていた。