ある時、彼女はこうも言う。
「あたしね、生きている事も、死んでいるのと同じなの。なんだか現実味が帯びないわ」
「特に、あなたといる時のあたしは、だれなんだかよくわからないの」
それは、僕に、安堵と恐怖を同時に与える。
安堵、それは、僕の事を必要としてくれているという事。
恐怖は、彼女がいつか消えてしまうのではないか、という感情。
彼女はいつもどこか儚く、寂し気に笑った。
だから、ぼくは不安になる。
でも、それが彼女の美しさでもあり、魅力でもあった。
彼女は言う。
「翔ちゃんは若いんだから、あたしみたいの相手にしなきゃいいのに」
「翔ちゃんは優しいね。でも、嘘つきね。そんなところが、あたしと似てて安心するの」
彼女の言う事はいつもよくわからない。
現実で生きているのか、妄想を生きているのか。
本人にも、よくわからないのだと思った。
僕はそんな時、決まってこう言う。

「僕はどこも行かないよ」

僕にはそれしか言えなかった。
愛してる。大好きだ。キレイだ。ずっと一緒にいよう。
口で言うのは、どれも簡単だ。
でも、口にしてしまった瞬間、彼女が僕から離れて行ってしまう気がしてならないのだ。
そもそも、愛を信じるのか?
彼女にとって、信じられるものとは、なんなのだろうか。

僕は、彼女の唯一無二の存在になりたかった。
だから、敢えて言わない。
が、心ではいつも、一時の休みもなく、常に思っている。
愛しているよ、と。
伝えたくてしょうがない。口に出したくてしょうがない。
でも…そんな儚さや尊さに、彼女が耐えられるだろうか。
そう考えると、躊躇してしまう自分がいた。

僕からは言わない。
でも、聞かれたらちゃんと答える。
「あたしのこと、好き?愛してるって言って」
「うん。好きだし、愛してるよ」
すると、彼女は突然無表情になり、決まってこう言うのだ。
「…嘘つきね」

嘘つきは、きっと彼女の方だ。
が、それを言ったところで、何かになるだろうか?
何になるわけでもない。
きれいごと、と思うかも知れない。
が、僕は、そんな嘘つきな彼女も、好きなのだ。
愛してやまない、僕の彼女。
僕だけの、貴女でいて欲しい。
と、独占欲を剝き出しにするわけにはいかない。

彼女が僕のものに、完全に僕のものになるのは、
きっと、
僕たちが、終わる時だから。