「駄目です」
「まだ何も言ってないだろう」
「分かるから言ってるんです」

掴んだ手は震えている。
俯いているのでよく見えないが、おそらくは眉間に皺をよせ、唇を噛んでいるのだろう、とダンテは想像する。

エレンは恐怖している。
不安を感じている。
ダンテが一歩踏み出すことで、自分の側に来ることが出はない。
自分の最も近い位置に立つ人間をまた失うことになる可能性を恐れている。

それでもダンテは踏み出すと決めたのだ。

「なぁ、エレン。俺にお前の左側の席に座る権利をくれ」

ひくり、とエレンの肩が跳ねる。

フェアファクス当主の部下の人数は、その代によってまちまちだ。
この国の暗黒期ともいえる建国して間もないころは数百もの部下を抱えていたというが、ヒューやヴィンセントはエレンの知る範囲で30人もいない。
だが、どの歴代の当主も必ず2人の側近を連れていたという共通点がある。
その2人は文字通り、当主の腕となり支える役目を負う。
左には主に戦闘面で優れた者を、右には知識面で優れた者を置くのが通例だ。
エレンの場合、右に位置するのはイアンとなるだろう。
そうなると空いているのは左、ということになる。