……なにもない。

 そう言おうとした。
 けれど、つい数分前におこった出来事を思い出すと、顔が歪む。

 私が片思いしていたのは、一年くらい。
 好きになったのは年上で、まあ、そう毎回顔を合わせることができるわけじゃなかった。
 週に2回ある部活や、廊下ですれ違ったときに話せる程度。
 
 それなのに、思い返してみれば、その先輩のしぐさの一つ一つが頭に浮かんできて。

 「柚月さん……?」

 「あの、ほんと、なんでもないから……心配してくれてありがとね」

 私はもう一度笑った。
 そのときチャイムが鳴って、前を向く。
 チャイムがなってからも、しばらく功太くんに見られているのがわかった。
 その間も、笑顔が崩れないように口角をあげる。

 ……もう、この恋は忘れなきゃ。