放課後に、日直だった私は遅めに教室に戻ってきた。すれ違うクラスメイトに手を振りながら廊下を歩き、三組の扉を開けた。
そこにはたった一人の人物しかいなかった。藤原だ。
彼はちょうど、杖をカンカン鳴らして教室を出るとこだった。
「・・・藤原くん。」
なぜ引き止めたのかはわからない。しかし、その時の私には知る余地もないが、この時引き止めていたことが、それからの出来事の全てを変えた。
彼は杖を振る手と足を止め、無言で私の方を向いた。
「ぁ・・・えっと・・・。」
無意識に引き止めてしまったので、話題が準備してあるわけでもなく、どうしようか迷ってるうちに数十秒か沈黙が続いた。
私が何も言わないのを聞いて、藤原は再び教室を出ようとしたが、私はまた止めようと彼の袖を掴んだ。
「待って!」
彼は少し体をビクッと震わせ、立ち止まった。
夕方の淡い光が差し込む教室で、私たちは二人で立ち止まっていた。やけに、廊下を通る生徒の声がうるさく感じた。
何か話さなきゃ。そう思って思い出したのが、昼休みの話題だ。
「ふ、藤原くん。最近、昼休みいないよね。その、いつもどこにいるのかなぁ、って思って・・・。」
前に藤原と話していた時のような明るい声は出ず、私の言葉は囁くように小さかった。偽りばっか言っているいつもの声はどこへ行ったんだろう。
彼は少しの沈黙の後に、ゆっくりと口を開けた。
「・・・矢崎さん、別に無理に話そうとしなくてもいいんだよ。もともと僕と話すの嫌だったのに、ましてやこの状況で話そうとしなくてもいいよ。」
私はそれにうつむいていた顔をあげた。
「・・・え?・・・いつ私が藤原くんと話すのが嫌って言ったの?」
私は彼にそんなこと言ってないし、もちろん他の人にも言ってない。なぜこんなあっさりと私の秘密がばれたのか。嫌な汗が一気にブワッと体内から出てきた。
彼は答えた。「矢崎さんの声が言っていた。矢崎さん、普段言うことも九割が嘘っぱちだし。」
私は言葉を失った。なぜこの人はわかるんだ。どんなに仲良くしても、誰も私の嘘なんか一つも見抜けなかったのに。
ショックだった。
自分の演技は完璧だと思ってたのに。なのに、全盲の藤原なんかにあっさり見破られるなんて。
私は覚悟を決めて聞いた。「・・・なんでそんなことわかるの?」
「僕、目が見えないからか、昔から耳は良いんだ。あれぐらいの嘘、全部わかるよ。」
私は彼の顔を見つめた。あの閉じた瞼の裏に、あの綺麗な瞳がある。こんな状況でもそんなバカなことを考えてしまう自分はどうかしていると思う。
私はそのままぼーっと彼の顔を見つめていると、気付いたら私が彼の袖を掴んでいた手は藤原によって離されていた。
彼は杖をまた鳴らして教室を出ようとした。私は思考回路が停止しているかのように上の空で、彼を止めようとは思わなかった。
彼は、出る前に扉の前に立ち止まり、振り替えずに言った。
「・・・第一校舎の一番下の、階段の裏。」
そう言い残したら、彼は扉をガラッと開けて、私を教室に残して出て行った。
彼の最後の言葉が、私の最初の質問の答えだということに気づくのにしばらくかかった。

