やはり、物事がそんなにうまくいくはずはなかった。
はじめは良かったのだ。全盲の人は珍しかったし、藤原も西崎曰く、『ナイスガイ』だったし。
しかし、クラスメイトの好奇心も薄れ、前まではなんともなっかたことがどんどん憂鬱に感じてくる。
それは、授業中のささやかな質問だったり。
彼が気づいていない落し物を拾ったり。
昼食の時に彼のお弁当に何が入ってるかを伝えなければいけなかったり。
常に私たちは、彼に気を使わなければいけない状態だった。
人間はなんて自己中心的で、飽きっぽい生き物なんだ。
少しでも他人に意識を向けなければいけないとなると、すぐにため息を漏らす。最初は物珍しかったものも、少し手がかかると知れば捨てたくなる。
毎日人の表情を伺って、相手が求めているものに偽りの顔を見せて応える私には、手を焼く虫が一人だけ増えたにすぎない。
でも、毎日を何も考えずにへらへらと生きている彼らは違った。
ある日、西崎たちと昼食を食べていたとき。
「あれ、藤原くんは?」
私はさりげなく聞いた。しかし、なんとなく勘付いていた。
辺りに微妙な空気が流れた。
先に口を開けたのは西崎だった。「・・・今日は誘わなかったんだ。」彼は自分の手元に視線を下ろした。「最近、あいつ面倒くさいし。」
違う男子が声を出した。「・・・あぁ、なんか、あいつがいると楽しめないっていうか・・・。」
みんな、それに共感の声を漏らしながら頷いた。
私は迷ったが、正義キャラを演じることにして、言った。「しょうがないよ、だって見えないんだもん。私たちが彼を支えるべきだよ!」私の言葉なら、みんなも賛成してくれると思っていた。
でも、彼らの反応は予想外だった。
西崎は私を睨み、「でも俺たちにはそんなこと関係ないじゃん。なんで俺たちがわざわざ気を使わなきゃいけねーんだよ。」
私は彼らの反応に吐き気がした。
なんて愚かなんだ。人間とは、もう少し我慢強くできているはずだ。なのに、たかが目が見えないやつと数週間いただけでこんなことを言うなんて。
彼らを毎日相手して、拳を握りしめながら押し殺している私の気持ちなんてやつらは知りもしない。
本当は、言い返してやりたかった。だったら最初から仲良くするんじゃねぇ、って、いつまでそんな幼稚なこと言ってんだ、と。
でも、彼らの軽蔑の視線を見ると、よみがえってくるのだ。
嫌に響く彼らの不気味な笑い声。
薄い意識の中で床に面積を広げるのが見える、自分の赤い血。
何度洗っても戻ってくる、机に施される暴言。
私は持っていた箸を強く握りしめて、絞り出した声で言った。「そうだよね、私たちには関係ないもんね。私たちが気を使う必要なんてないよ。」
彼らはまたいつもの笑顔に戻り、話題を変えて生き生きと話し始めた。
これもあの歴史を繰り返さないためだ。すべてがうまくいくには、切り捨てなければいけない人もいる。
そう自分に言い聞かせても、一瞬だけ頭をよぎってしまう。
あぁ、また逃げたな、と。