インモラルな唇を塞いで

「あのさ、目の前の女子が興奮してるの見て男子は興奮しないの?」
「……朝からなんつー質問だよ」

スクールバッグも下ろさないまま机に詰め寄った私に遊佐は一瞬固まったあと大きなため息を吐いた。
右手の甲をひらひらして「離れろ」の合図に自分の席に着くものの、質問の答えを待って遊佐を見る。

「知らねぇよ」
「遊佐はどうなの?」
「その質問に俺が答える必要があるか?」
「知りたいもん」
「欲求不満か知らんが男にそういう質問するな」

答えがもらえそうにない様子にはぁ、とため息を吐きながら机に突っ伏した。

「じゃあおでことか頬っぺたとかにはちゅーするのに唇にしないのは?」
「お前人の話聞いてる?そういうのは女同士で語れ」
「男の心理が知りたいんじゃん」

そう言って遊佐を睨み付けると諦めたようにスマートフォンから私に視線が向けられた。

「……関係性にもよるんじゃねーの」
「関係性?」
「可愛いとは思うけど、女として見てないとか」

その言葉はなかなか衝撃的で、頭を殴られたような気がした。

「もう無理。遊佐きらい」

急にやる気がなくなって突っ伏した顔を反対に向けた。

「…お前はほんとに」

隣からため息と共に呆れた声が聞こえたが聞こえない振りをして目を閉じた。




午前中の授業がほとんど頭に入らないまま昼休みのチャイムがなった。

何もしなくてもお腹は減る。
お弁当を机に出すとちょうど横でも遊佐がコンビニの袋をガサガサと開けていた。

「あ、またカレーパン?好きだねー」

一週間ですでに三回も見たパンを目にしてからかい混じりに声を掛けていた。

「…………」

遊佐はちらと視線を投げて何も言わずカレーパンにかぶりつく。

「え、なんで無視すんの?」
「…………」
「遊佐ってば、ねぇ、遊佐ー」
「うるせぇな。"きらい"な奴に話しかけんな」
「え……」

そこまで言われてようやく朝のやり取りを思い出す。
確かに言っていた。
でもそんなの。

「嘘だよー。遊佐のこと嫌いなわけないじゃん!好きだから話してよ、遊佐~」
「うるさい」
「なんでそんな怒るのー」

思わず椅子から降りて遊佐の机に手を置いてしゃがみこむ。
下から見上げる遊佐の表情は無表情なのにどこかそっけない。

「ごめんなさい。帰りカレーパン奢るから許して」
「…どこの?」

ようやく遊佐の目線が私に向いた。
嬉しくて飛び上がるように立ち上がる。

「学校出て駅の途中にあるカフェ!今月限定だって」
「…行ってやらんこともない」
「やったー!じゃ約束ね!あーすっきりした。ご飯食べよ」
「…切り替えはえーな」

冷めた目で見ながらカレーパンを頬張る遊佐がいつも通りで安心する。
お弁当の蓋を開けるとオムライスが詰まっていてさらにテンションが上がる昼休みとなった。