インモラルな唇を塞いで

目線を外さずポケットから取り出したリップスティックを軽く閉じていた兄の左手に開くように乗せた。
唇から視線だけを左手に移し、兄は手のひらに乗るそれを見つめる。
手に取りキャップを外して回すところを確認してから目を閉じた。

顎に手が掛かり、少し上を向くよう角度を上げられた。親指が唇を割るように少し下に押し下げられる。
口の端に押し当てられたリップクリームがゆっくりと唇の形をなぞっていく。
自分で塗るときではあり得ないゆっくりと丁寧な仕草。

下唇の端までリップクリームが引かれ、少し目を開けてみると至近距離で兄の視線とぶつかった。

「…可愛いよ、真知」

いつもよりも深い笑みに見える口元。
その目が私だけを写していて、自然と笑みが溢れた。

「全部濡らして、お兄ちゃん」

目線を合わせたまま、リップクリームが上唇に触れたかと思うと視線が唇に移り、さっきのようにゆっくりと唇をなぞるように滑っていく。

唇の端まで引かれると兄の手からリップクリームが落ち、右手で顎を支えるように首を掴まれていた。

「お兄ちゃん…」
「触らせたらいけないよ」

鋭くなった目に見つめられ、鼻が触れそうな距離に息がかかった。
剥き出しの独占欲に身体が熱くなる。
首を上向きにされてこくりと飲んだ生唾の音が大きく聞こえた。

胸の中の空虚が満ちていくような充足を感じる。

私だけのお兄ちゃん。

「うん、分かった」

その縛られるような視線が心地良くてうっとりする。
身体から力が抜けて首から上だけが兄の手に固定されている。
自分の身体が支配されているような感覚に胸がドキドキした。

「大好きだよ、お兄ちゃん」
「ああ、俺もだ」

二人だけの空間に流れるこの空気が好きだ。
ずっとこうしていたいと思えるくらいに。

一つ不満があるとすれば。

「お兄ちゃん、キスして」
「…この間したばかりだ」
「制限があるの?」
「あるよ」
「そんなの破って」
「…仕方ないね、真知は」

するりと首を支えていた手が耳の後ろから後頭部に差し入れられ、こめかみに唇が触れる。
そのまま額、反対のこめかみに唇が移動していく。

「ねぇ、唇は…?」
「ん?…前も言っただろ。兄妹は唇にはしないって」

頬へのキスの後は耳に唇が降り、ぴくんと身体が震えた。

「ん、ずるい…」
「俺をこんな風にする真知の方がずるい」

熱い唇が私の唇だけを避けるように顔中に降り注ぐ。
本当に欲しいのは唇なのに、胸の鼓動が速くなっていく中で兄の冷たい目に晒されて身体が熱くなる。

この熱が兄に移ればいいのに。
そう思うのに、兄の目も、微笑む口元も、いつもと変わらないままで私を見つめていた。