「ご馳走さまでした!」
「これで借りは完全に返したからな」

改札を通り抜けて行き先が別れる階段の上。
意外と律儀な性格の遊佐は念押しするように言った。

「うん!じゃーまた来週」
「待て」

手を上げて背を向けた瞬間、呼び止められて振り向く。

「口元、クリーム付いてる」
「えー」
「逆」

何度か口元を擦ってみるが当たらず、痺れを切らしたように一歩前に踏み出した遊佐の伸ばした親指に口元をぐいっと拭われた。

「子供みたいなやつだな」
「身体は大人だけど」
「うるせーな」
「ありがと。またね、遊佐」
「…あぁ」

笑って手を振ると小さな声が聞こえた。
気分良く階段を下りていく。

向かいのホームにも同じくらいのタイミングで遊佐が歩くのが見え、手を振ってみた。
瞬間ちらりとこっちを見た遊佐は無表情ながら仕方なく、といった様子で右手を挙げた。

お決まりのメロディが流れ、すぐに向こう側のホームに電車が入って来て見えなくなる。
なんとなく、その電車を見つめていたとき。

「真知」

思いの外近くで声がして肩がびくりと反応したと同時に後ろを振り返る。

そこに立っていたのはいつもと同じ薄く口元に笑みをたたえた、表情の読めない兄だった。

「お兄ちゃん、びっくりした」
「真知、誰に手を振ってたの?」
「見てたの?」
「えりかちゃん、じゃないよね。方向が反対だ」

隣に並ぶように一歩前に出ると、私の左手を自然と取って繋いだ。

「真知」

眼鏡の奥の視線が質問に答えろと催促する。
その瞳を見つめるも、何も読み取れない。

「新しい友達」
「同じクラスの?」
「そう。クレープ食べたの。駅前の」

にっこり笑う私の顔を見据えるように見つめる目。
冷たくて、どこか危なげな感じがする兄の目が好き。

気になるんだよね、私の新しい人間関係が。
くすりと笑みをこぼして手を握り返した。

「お兄ちゃん、愛してるよ」
「ああ…俺も、愛してる」

見つめ合った直後、ホームに電車が入ってくる。
いつも通り、混んだ車内に手を引かれて乗り込んだ。

「この間と同じだね」
「違うよ」
「え?」

密着した車内で顔を上げると息のかかる距離に兄の顔がある。
私を見下ろした兄の癖のない前髪がさらりと流れ、眼鏡にかかった。

「この間はこうしてた」

兄がそう言うと繋いだままの手が見えないところで離れ、指を絡める繋ぎ方に変わった。

「そうだったね」
「真知…甘い匂いがする」

首を竦めるようにして耳元で唇が小さな声で囁く。
粟立った肌に唇が寄せられた。

「…クリームがついてたの」
「クリーム…?」
「クレープの。付いてるところ自分じゃ見えなくて。拭ってくれたから伸びちゃったのかな」

顔を上げた兄と目が合うと舌を出して口の端を舐めた。
微かに甘い。微笑むように、上目遣いに笑って見せる。
見つめる目の温度は変わらないけれど、1ミリの隙間なく繋いだ指先が、確かに少し震えた。