後30分くらいで着くから用意してろよ。と彼から電話で告げられ、もうすぐ約束の時間が来てしまう。
「もう、こんな時間!?」
柱にかかる時計の長針が動かなければ良いのに。
そんな屁理屈を心の中で思いながら、メイクを終わらせ全身を鏡でチェックする。
元々予定のなかったデートに誘われることは嬉しい事だが、女の子は準備に時間がかかる。
それは苦痛な事では無く寧ろ楽しんでいるのだから文句はないのだけれど、好きな人の隣に立つからにはそれなりに可愛くいたい。
おかしい所は、……うん。大丈夫。
デート中にお腹が鳴ってしまっては恥ずかしいし、気を遣わせてしまうのでひと口サイズのパンを齧り付く。
流れ出した音楽は彼と知り合うきっかけをくれた思い出の曲。
彼からの着信だ──。
「っ……もしもし!」
『やけに出るのが早いな。お前の事だから、また遅いのかと』
クツクツの喉を震わせて笑う彼のイタズラな表情が分かり、少し口を尖らせる。
「またって何よ」
『すまない。今着いたから上に』
「大丈夫よ、エレベーター使って下に行くだけなんだから心配しないで」
二つ歳が離れているだけで子ども扱いされるのは私が子供っぽいからか。
それとも、心配されるようなことをしているのか。
どちらでも無く、彼が心配症なだけだと思うけど。
同級生の中ではそれなりに『お姉さん』的役回りを務めていたせいか、未だに彼の優しさに慣れない。
パンを食べ終え、仕事の時には履かない高めのヒールを下駄箱から取り出す。
ルックスが良くカリスマ性のある隣に立つに相応しくなれるようにと買った紺色のヒール。
しかし、焦れば焦るほど人生上手くはいかない。
体重をかけた瞬間にポキっと折れてしまったそれでは、もう歩くことは出来ない。
変わりにあるのは仕事用の靴で、お洒落をしない私の中の唯一が消えていく。
昔からそうだ。
張り切る度に何かを無くしてしまう。
頑張れば頑張るほど上手くいかないのだ。
外で彼が待っているのは分かっているが、折れたヒールと同じタイミングで何だかどうでも良くなってしまう。
着替える時間だってないし、こんな顔じゃ彼の前に立てない。
どうしようもなく、完璧な彼に相応しい人になりたい。
それなのに、どうして上手くいかないの……。
ガチャと音をたてて開いた扉の先には彼がいる。
「良かった。まだ家に居たのか。遅かったから心配したんだぞ」
「………」
「?どうしたんだ」
様子が変だと気づいた彼は私の前に跪き顔をのぞき込む。
なんだか説明する気も起きなくて、ただ情けない涙がこぼれ落ちる。
「そうか。ヒールが壊れてしまったのか」
「………」
「それ、俺と会うときに履いてきていたやつだろう?」
「………」
「今日はまだ予定を決めていないから、どうせならお前に合うクツを買おう」
「………っ」
ああ、どうしてそんな優しい言葉をかけるの。
長時間待たせて、挙句の果てに迷惑までかけて。
貴方の隣になんて、本当は立ってはいけないのに。
「そろそろ、声を聞かせてくれないか?せっかくこうして会えたのに、今日は涙しか見せてくれないのか?」
「……っ、ごめ、んなさい。私、」
「んー。言い方が悪かったな。……お前は弱い所を見せるのが下手だな、もう少し甘え方を覚えろ」
優しく涙を拭う彼に愛しさばかりに火がついて別れるだなんて選択肢私にはないの。
「……それで?今日のプランはどうする」
「かわいいの買って。前のヒール忘れちゃうくらい、飛びっきりかわいいの」
「仰せのままに。お姫様」
背伸びはやめたの。
ねぇ、ワガママはキライ?

