私をしばらく養ってくれる六番通りの赤い屋根の家は、とっても小さくて普通なおうちだったの。中に住んでる人も普通で、怖くなかったらいいのにな。
コンコン。木の板で作られた扉をノックすると、中から普通のおじさんが出てきたの。
「やあ、君があれかい。あのあれ、あれだよ!あー!あれだって!あれだよ!ほらあれ!あぁぁぁ!」
普通ではなさそうなの。心配なの。
「こんにちは。私は迷子の人。どうか帰る手立てが‥‥。」
「ああ!そうだったね!僕はえっとなんだっけ!手に持ってるのはホウキ!そうだ僕はホウキで部屋を掃除していたんだ!ありがとう!ありがとう迷子の少女よ!」
バタン。扉は閉められてしまったの。
バタン。また開いたの。
「ごめんね!ごめん!僕は物忘れおじさん!物忘れが激しくてね!やっと思い出したよ!女王様から話は聞いてるから入りなさい!」
「ありがとう。助かるの。」
心配な下宿が始まったの。

迷子の少女は 扉を叩いた
忘れ癖の主人が扉を開いた
迷子の少女は それでも開かない
忘れ癖の主人は それでも開く

お互い 何を忘れたのかすら知らない
お互い 何を忘れるのかも予測できない

どうして?私はまた森の詩を聞いてしまったの。この場所に何があるというの?
埃一つないキッチンには四角いテーブルが置かれていて、一つだけある四角い椅子に忘れ癖おじさんが座ったの。
「まったくまいったよ!物忘れが激しくてね!ところで君は誰だい?ああ、思い出したよ!トイレの修理屋さんだったね!さあこっちだよ!」
「違うの!私は迷子の!」
「ああそうだった!ごめんよ!僕は忘れ癖が激しくてね!」
コンコン。扉をノックする音が聞こえたわ。
「こんにちは!トイレの修理屋さんです!私がきたということは、この家に壊れたトイレがあるってことですね!わかります!さあ案内して下さい!」
「トイレの修理?ああそうだった!廊下を真っ直ぐ進んで右ですよ。途中に落とし穴があるから注意してくださいね。」
二人がトイレの方へ行ったから、私もなんとなくついて行ったの。別にトイレの修理に興味があるわけじゃなくて、本当に気まぐれなの。
「ああダメだこりゃ!壊れたトイレだよ!なんでトイレ壊すのかなあ!その神経がわからない!」
「好きで壊したわけじゃありませんよ!壊れた理由は思い出せないけど幼少の頃に兵士と写真を撮ったことは覚えています。母親がプリンを買ってくれて、僕はそれを食べていたんです。」
「ありゃ、ダメだねこりゃ。トイレが汚れてて修理できませんよ。僕は汚いもの見ると体が拒絶反応を起こしてしまって、もちろん触れるなんて絶対にできません!無理なんです!」
「あなたは綺麗好きなトイレ修理人なんですね。覚えておきます。」
「はい!では金貨1枚になります!」
「はいはい金貨1枚ね!ありがとうございます!また頼みますよ!」
「ああ!やっぱり金貨はいりません!お金は誰が触ったのかわからないから苦手なんですよ!だから手ぶらで帰ります!」
「そんな!トイレを修理してもらったのに報酬を渡さないなんてできません!」
「ああもう汚い!あっち行ってください!ペスト菌の臭いがする気がするんですよ!」
「ところであなたは誰ですか?」

私はその無駄なやりとりを聞きながら床で眠っちゃったの。だってずっと起きていたから眠くて眠くて我慢できなかったの。目がカサカサになっちゃう。

「ふわぁ。よく寝たの。今は朝かしら?夜かしら?」
窓の外から銀色のお月様がこちらを見ているの。だから夜なの。それと、私が床で眠ったはずなのにベッドにいるのは忘れ癖おじさんが私をベッドまで運んでくれたから?だとすると親切な人なの。
私が眠い目をこすりながらキッチンへ行くと、トイレの修理屋さんが死んでいたわ。すぐ隣では薄暗い照明の下で忘れ癖おじさんがスパゲッティのようなものを食べているの。
「ねえ、忘れ癖おじさん。どうしてトイレの修理屋さんが死んでいるの?」
修理屋さんの死体には傷ひとつなくて、触ったら冷たくて硬かったの。
「修理屋さん?誰だねそれは。おっと初めまして、僕はおじさんだよ。何かを忘れているんだけど、最近は何を忘れてしまったのかすら忘れてしまったんだ。だから目の前にあるものを食べているんだよ。わかるかい?」
「あなたが食べているのは革靴なの。革靴にトマトソースをかけたものなの。それは食べていいの?」
「革靴?ああこれはそこで寝ている人が履いてたものなんだ。何故に僕はこんなものを食べているんだろう。ところで君は誰だい?」
「私は、自分の過去を忘れてしまった人なの。」
「そうかい。忘れん坊の友達だね。」
ふと自分の服を触ってみると、赤いケチャップがたくさんついていたの。きっと私も食べる気だったんだわ。早くここから出た方がよさそうなの。女王様に相談しなきゃ。
私は夜の街に飛びした。