白黒に包まれた霧雨の森を抜けると、青空や緑の山、赤い花、たくさんの色が見えてきたの。森の詩のせいで私は過去の記憶を失ってたけど、ちょっとだけ思い出してきたわ。私がおうちの庭で白樺の木にもたれかかった時、太陽の白と白樺の白に挟まれて、それでおうちが消えちゃって。そこまで思い出せたのに何故だか名前だけが思い出せないのが不思議だけど、とにかく私はおうちへ帰らなきゃ。
「お嬢さん、おうちへ帰るったって、あんたのおうちは消えちまったんだろ?どうするんだよ?」
「あら、あなたは、緑リンゴさん!」
「お前さんがここにいるってことは色が見えるようになったんだな。あと俺のことはミドリンゴって呼んでくれ。緑リンゴって言いにくいだろ?リが二つも続けてある。二つあると片方は消える運命だからな。よって俺の名前はミドリンゴになるわけだ。わかるよな?」
「わかるわ。ミドリンゴの方が発音しやすいもの。二つあるものは片方が消える運命って部分はよくわからないけど。」
「何故わからんのだ。」
「だって同じ木はたくさんあるけど消えてないもの。」
「木はたくさんあるもんだろ。でも同じものが二つ並んで存在することは、まずいんだよ。」
「それなら木だって二本並んで立っているわ。」
「全く同じ形の木なんて存在しないだろ?そういうことだ。職人が作ったパンケーキですら完全に同じ形の物は存在しないんだ。わかったら行くぞ。」
私は言われるがままにミドリンゴさんの後ろをついていく。ミドリンゴさんはリンゴの部分が地中に埋まっていたらしく、ボコボコとリンゴの下の部分が地中から出てきて私は驚いちゃった。リンゴの下が裸のおっさんだったから。
「ほら、街が見えてきたぞ!あそこはニンゲンが住む街だ!お前さんもニンゲンだろ?なんとかなるんじゃねえの?」
「普通の人間がいるのね。それは嬉しいわ。だって今まで首なしとか首だけとかフクロウ男とか、普通じゃない人ばかりだったから。早く人間に会いたいわ。」
雲がゆらゆらと漂う下には大きな影ができるの。だから私達は明るくなったり暗くなったりしながら街へ向かったの。とても穏やかな草原はピクニックに最適ね。クロワッサンのお弁当でもあれば楽しかったのにな。
クロワッサンのことを考えながら歩いていると、街のすぐ近くにある木でできた橋があったの。私達がその橋を渡ろうとすると、突然、大きな犬が道を塞いだの。
「ようよう!お嬢さん!あんた一人かい?へへへ!可愛いねえ!ネコちゃんだと思ったよ!にゃーん!にゃーん!」
「あなたはだあれ?それに私は一人じゃないわ。ミドリンゴさんがいるもの。」
「どこに何がいるだって?」
「だからそこにミドリンゴさんが!あれ、いないわ。どこへ行ったのかしら。不思議ね。」
よく考えたらミドリンゴさんは地中に埋まっていたんだと思うわ。きっとワンちゃんが怖かったのね。
「犬のひと、どいてくださらない?私は街へ行って人間とお喋りしたいの。迷子なの。」
犬は長く湿った舌をベロンベロンと回して踊り始めた。
「迷子の子猫ちゃんなんだね!じゃあ人間とお喋りしなきゃね!あんなやつら最低だよ!おれたち動物の中身をえぐり出して毛皮を着るんだぜ。畜生だよ。」
「あら、酷いわね。でも寒さから身を守らないと人間だって死んでしまうの。悲しいけどしかたないことなの。」
「お互い殺し合うしかないってわけだ。そして今は俺がお前を殺す番だな。なあ迷子の子猫ちゃん。」

ズドーン!

猟銃の音が鳴り響いたの。私は驚いて両手で目を覆ったわ。でもすぐに自分が撃たれたわけじゃないって気が付いたから、そっと目を開けてみたの。
目の前には犬が血まみれになって死んでいたわ。きっと誰かが私を助けてくれたのね。早くお礼を言わなきゃ。
私は犬を撃った猟師を探して、あたりを見渡したの。そしたらね、一本の大きな木の下に猟銃を構えた犬がいたわ。犬が犬を撃ったなんて信じられないわ。
「お嬢さん、僕は犬の人間です。お怪我はありませんか?」
「あなたが助けてくれたおかげで怪我はしてないわ。ありがとう犬の人間さん。」
犬の人間さんは長く湿った舌をベロンベロンと回して踊り始めた。
「バウバウ!私は犬の人間!人間を助ける犬の人間!バウバウ!私は犬の人間!人間の味方をする人間!」
「まあ、素敵ね。」

ズドーン!

「きゃあ!」
「すみませんバウバウ。喜びの祝砲です。この悪い犬は私の晩御飯にします。命を無駄にしてはいけません。だからこうして喜びの祝砲で命を空におくるのです。私は犬でありがらも猟師ですからね。」
私は犬の人間にさようならを言って、街へ向かったの。街は大きな塀に囲まれていて、中に入るための門には兵士が二人立っていたわ。私はそこへ近付いていく。入れるのか心配だけど、きっと迷子だって言えば入れてくれるわ。そう信じるしかないもの。