木の葉さやけく森の中。白樺の木は霧雨に包まれて白くぼんやり光ってる。キラキラと。陽の光を浴びてキラキラと。七色に。七つの色にキラキラと。
霧の中を私は歩くの。何の頼りもないわ。行き先だって目的だってわからない。ただ同じ景色の中を、同じ音を聞きながら歩いてるの。

白い花が笑ったよ
でも黒い花が泣いてるよ
白い花は地球の裏側に
でも黒い花も地球の裏側
不思議だなぁ 不思議だなぁ

また誰かの歌声が聞こえるの。すごく遠くから。でも不思議なことに、その小さな歌声に集中しているとね、それがどんどん鮮明に聞こえるようになって、いつの間にか頭の中で鳴っているような感じになるの。
この歌声は本当にどこか遠くで鳴っているのかな。それとも私の頭の中で鳴っている幻の歌声なのかな。

名も無き少女は霧の中
曇って見えない太陽は
夢を見ている白い花
真実の見えない白い闇

私の視界はまたモノクロームの世界になっていたの。白と黒、灰色。それは白樺と白い霧ね。はあ、もうずっと同じ景色ばかりで飽きてきたわ。それに足も疲れたし、どこかで休憩しましょう。私は近くにあった大きなリンゴに座ったの。
「こら!勝手に俺の上に座るんじゃない!」
「あら、ごめんなさい、リンゴさん。」
まさかリンゴに怒られるとは思ってもいなかったから驚いちゃった。よく見ると二つの目と口があるわ。
「ふん!まったく最近の若者はマナモラル下層だな!モラーの低価格だ!押し売りだね!リンゴだけに叩き売りだよ!」
「ごめんなさい。まさかリンゴが生きてるなんて思わなかったから。」
リンゴは私の目をジッと見てきたの。だから私もリンゴの目をジッと見つめたわ。リンゴは私がここにいるって知ってるし、私はリンゴがそこにいるって知ってるの。不思議ね。
「おや、お前さんは白黒の目をしているな。もしかしてこの霧雨森の初心者か?迷子か?」
「白黒の目‥‥。うん、たしかに私は迷子なの。行くべき場所もわからなくて、戻る場所もわからないの。行く必要も戻る必要もわからなくて。」
「なるほど、そりゃね、お前さん。白黒の目では俺が何リンゴなのかもわからないはずだ。」
「わからないわ。だって白黒なんですもの。赤いリンゴ、緑のリンゴ。あなたはどっちなの?」
「ははは。俺が何リンゴなのかわからない?それは完璧に森の詩に騙されているな。これだから初心者は森へ入っちゃいけないんだよ。森の詩は厄介だからな。」

教えて 森の精霊さん
泉から出た私に 流れ込んだ霧の雨は

「私はどうすればこの森から抜けられるの?」
「色を思い出すことだな。人は同じ場所にずっといると、その場所の全てが当たり前だと信じてしまうものなんだ。ほらあれを見ろよ。」
私はリンゴがいう あれ を探した。
「んー、僕はナマズ。生々しいからナマズ。生で食べたら寄生虫がつく生々ナマズ。」
きっとあの目隠しをした人のことね。何言ってるのか全然わからないけど。
「あいつはな、ずっと沼でナマズと一緒に生活してたから自分のことをナマズだと思い込んでるんだよ。それにほら、目隠しをしているだろ?あれこそまさに森の詩だ。森の詩は人を迷わせる手伝いをしてるのさ。目が見えれば自分がナマズじゃないことなんてすぐに気が付くはずなのにな。あわれだよ。」
「私はあんなふうにならないわ。だって自分は今ここでリンゴを目の前にして会話しているもの。」
「でもお前さん、俺が何色かわかってないだろう。それじゃナマズのおっさんと同じだよ。あんたの目は白黒に染まっちまったんだ。白黒の森にずっといたんだからな。仕方ないよ。あわれだよ。」
私は自分の中から色が抜け落ちていく気がしたの。それがとても悲しくて泣きだしそう。
「リンゴだよ。聞こえてるか?おーい?」
遠くの方には何か見えてるのに、それが何なのか確かめることは死んでもできない。この気持ちは何だろう。小さい頃にみた記憶。あたたかくて。でも、あたたかいって何色だっけ。
「少女よ!無視するでない!」
「ごめんなさい。」
「とにかくこの森から出たいのなら色を探してこい。全ての色が揃った門がある。そこへ行け。」
「全ての色が揃った門?それを見つければいいのね。教えてくれてありがとう。」
私はリンゴさんの場所から離れた。

ナマズは星を見ている
白い花は太陽を 黒い花は月を
少女は夢を見ている
黒い花は永遠に 白にはなれない