ココルル王国の城下町マルルートは、大通りから外れると坂道の多い小道があり、様々な大きさの石畳の道では子供たちが元気よく遊んでいる。

リルは金茶色の髪を背中まで伸ばした少女で、両親の営む花屋をいそいそと手伝っていた。水を汲んできては水をかえるという作業を菫色の眼をキラキラさせて頑張っていた。
まだ幼いリルは少ししか水を運べないけれど、何回もバケツを運び水をポンプで満たして、そして店へとよいしょよいしょと運ぶ。

道でちゃんばらごっこをしている少年たちの中の金茶色の髪の少年はリルの兄のフィンである。
「おいリル。お前今日はあれだろ?」
にやっとフィンは笑ってリルに声をかける。

「“魔法の試験日”」

「あー、そっかリル今月で6歳になったんだよな?」
フィンの友達の少年がなるほどとちゃんばらの手を止めた。
「リルお前泣くなよ?スッゲー痛いんだぜ」
からかうような口ぶりにリルは顔を曇らせた。
「そうそうこう、手をだな…」
フィンの友達たちが口々にいかに怖いかをリルに言おうとしている。

「こら、バカ。小さい女の子苛めるんじゃないよ」
近所のおばさんがコツンとフィンたちを叱っている。
「リルはいつも手伝っていいこだね」
おばさんは、リルの頭を撫でて誉めた。
「この子たちの言うことなんて信じるじゃないよ」
「はい!」
「うんうん。怖がることはないんだよ?」
「ありがとう、マルアさん」
リルの母のミーナがリルを後ろからそっと抱きしめた。
「おばさんの言う通りよ、怖がらなくていいの」
「まほうつかいになれるかどうかをしらべるんでしょう?」
「ええ、そうよ」
「まほうって…どんなの?」
「この下には魔法使いは、ほとんど降りてこないわ。だからかあさまにもよく分からないわ」
「おりてくる?どこから?」
「ほら、向こうにお城が見えるでしょう?リル。魔法使いはね、あそこから竜に乗って降りてくるのよ」
ミーナはリルにそう言った。
「りゅうにのって?」
「時々、空に見かけるでしょう?今日はきっと降りてくるわ。魔法使いが」

 月の末日の夕方。
その日は街の6歳になった子供達が長の家に集まってくる。
リルも父のウルドと母のミーナと共に、首都マルルートの第六地区 コノハの長の家に着いた。
兄のフィンと妹のシェルは隣のおばさんが見てくれている。

 大きな屋敷の前で待っていると、風がふいに向きを変えたかと思うと大きな影がさした。
ふと空を見上げると、“竜”が空に2頭旋回していた。
青銀の鱗の輝くしなやかな体に、長く優美な首には長い鬣がふっさりとしていて、大きな翼と太い後ろ足と小さめな前足、それに長い尾をしている美しい生き物である。

その旋回している竜の背から、ふわりとそこから人が降りてきて、竜は再び飛びさった。
二人は黒の短いケープの着いた上着、そこには銀の飾り緒と紋章。ケープの下には後ろ裾の長いジャケット、それに黒のパンツ。もう一人は女の人で、ケープの下はスカートだった。

二人から香る匂いは、どこか異国のようで…。

「かっこいー」
並ぶ子供たちのうちの一人が呟いた。リルもその通り、とても格好いいと思った。まるで体重がないようなその優雅な動きに見惚れてしまった。

長が二人を出迎えて、
「さぁ子供たち、一人ずつ名前を呼ぶから玄関ホールで待ちなさい」

長は魔法使いの二人を迎え入れると応接室に入っていった。

やがてリルの順番がやって来た。
「リシェル・クロイツェル」
「はい」
リルは返事をして両親と共に部屋に入った。

「こんばんは、リシェル」
女の魔法使いがにっこりと、微笑む。
「こんばんは」
両親は入り口にいて、そっとリルを前に押し出した。

リルはドキドキしながらも魔法使いの前に立った。
「緊張しなくて大丈夫よ、ただこの石たちに触れてくれればいいの」
男の魔法使いが小さな箱を差し出すと、そこには白の布の上に置かれた、赤、青、緑、黄、白、紫の6つの石が置かれていた。
「どれからでも構わないよ。好きなものから手に取ってみて」
男の魔法使いが滑らかな低い声でそう言った。

触るだけ………怖いことなんて本当にないじゃない、リルはそう思って白の石を手に取った。

すると……白の石を手に取った途端に、リルの手の上で光の粒が跳ねてリルの周りに飛び散った。
「きゃ!」
それは触っていると止まらなさそうで、慌ててリルは箱に戻した。

男の魔法使いの顔を怖々と伺うと、にっこりと安心するようにと言った。
「大丈夫だよ、問題ない。他の石も手に取ってごらん」

リルは次は紫の石を手に取った。
すると今度は、ふんわりとした柔らかな光が強くなり弱くなりを繰り返す。
なんだか癒されるような光にリルは
「きれい……」
とつぶやいた。

「じゃあ次の石を持ってごらん」
「ええっとはい」

残りの石は手に持ってもただの石で、リルは少しばかり残念に思った。他の石はどんな風になるのかと思っていたのに。

「リシェル、ご両親もすこし隣室でお待ちくださいますか?」
男の魔法使いが応接室の隣の部屋を示した。
「はい」
リルの手をひく両親は、とても強ばった顔をしていた。