「行かないでくださいね、あそこには」


名無しさんはそう言って、いつの間にか落ちていた日本酒を拾ってくれた。


「....ありがと」


名無しさんは優しく笑い、食堂の入り口にある受付のテーブルに腰かけた。


「さっきは乱暴にしてすみません。怖かったですか?」


俺のことを見下ろす姿はいつもの名無しさんに戻っていた。


「いつものお前じゃなかったからな。」


「怒っていますか?俺のこと。」


「それぐらいで、怒るほど器の小さな男じゃねえよ。」


嬉しそうに笑う名無しさん。でも、どこか怖い。




「気を付けて下さいね」




「え?」


小さく言ったその言葉は俺の耳には届かなかった。




「いいえ、なんでもないです。僕はこれから用事があるので失礼します。」


名無しさんはすました顔をしながら俺の横を通り過ぎていった。