「いってきます」

いつものように、玄関先から

姉の声が聞こえてくる。

「いってらっしゃい」

いつものように、父と母が

答えている。

「李~!!いつまで寝てるの?遅刻するわよ!!」

いつものように、階段の下から

母の怒鳴り声が響いてくる。

「はぁ~い~・・・」

そして、いつものように、

声にもならないような声で私はベッドの上から返事をする。

うっすら目を開けてみる。

けど眠い・・・

瞼の重みに耐え切れず、すぐにまた

目を閉じた。

二度寝って何でこんなに気持ちいいんだろ・・・

な~んて考えてる間にも私は、再び夢の中へ引き摺りこまれた。


しばらく経って、耳元で大きな声が響いた。

「樹本 李(きもと すもも)起きなさーいっ!!!」

びっくりした私は、ベッドの上にも関わらず

勢いよく飛び跳ねた。

そして、案の定勢いよく床にしりもちをついた。

「っててててぇ~・・・」

強く打ったお尻を右手で摩りながら

私は半泣きで目の吊り上った母を見上げる。

「一体いつまでこんな子供みたいな事繰り返すのよ!

アンタも早く杏(あんず)みたいに一人で起きれるように

なってちょうだい!」

杏とは、私のお姉ちゃんの事だ。

私がこの世で一番嫌いなのは、何でもかんでも

お姉ちゃんと比べられる事だった。

私は、寝癖でぼさぼさになった明るい茶髪を

更に両手でくしゃくしゃにして、

お尻をぷりぷりさせて部屋を出て行く母の背中を睨んだ。

「私だって一人で起きれるもんっ!」


朝食を済ませ、ギリギリ遅刻せずには済みそうだ。

私は、何度も鏡を見直して軽く笑顔を見せたりした。

「いってきま~す!!」

余裕の笑みを浮かべて、玄関までスキップする私の後ろで

母が深くため息をついたのが聞こえる。

「気をつけていくのよ~!」

「わかってる~!」

黒い革のカバンを片手に私は、靴を履き終えると、

くるっと母に完璧な化粧だけを見せてドアを開けた。