翌日の夕方。快晴だが日が沈んだのもあっていつもの日照りは大分弱くなっている。


「私の将来の夢はね...。」


サツマイモの花とつるを器用に編み込んで冠を作るアシュリーが少し楽しそうに話し始めた。ジョニーはその様子を横で眺める。


「小さい頃はお嫁さんになることだったなあ。大きくなってからチアリーダーになりたいなんて言いながらも、本心は何になろうってずっと悩んでた。でも...」


彼女はそう言いかけて、ひと通り出来上がった冠を頭に乗せて満足そうにしていた。


「でも今はやっぱりお嫁さんがいいな。だって女の子の夢じゃない?」


にっと白い歯を見せて笑う。ジョニーはその笑顔が空元気であることを察していた。そして彼はおもむろにサツマイモの葉を1枚を細く裂き始め、彼女のブーケを真似て不恰好な輪っかを作った。


「アシュリー。」


「えっ...?」


彼が初めて彼女の名前を呼んだ瞬間だった。驚いたアシュリーはぽかんとした表情のまま左手の薬指にはめられたその草の輪に目をやった。


「その...僕のお嫁さんになってほしい。君が...。」

言葉に詰まる。勇気を振り絞った。


「君が好きなんだ。」


ジョニーは多少の恥じらいを持ちつつもアシュリーの目を見つめたまま堂々としていた。
いたたまれなくなったのか先に目を逸らしたのは彼女のほうだった。少しおいて顔を赤らめながら上目遣いでアシュリーが言う。


「その...少し、ずるい言い方したわよね、私...。」


自分からお嫁さんになるのが夢だと言っておきながら、いざプロポーズされると申し訳なさそうにするその様子にどこか面白おかしさを感じてしまって、ジョニーはふっと吹き出して笑った。彼が笑ったのは10年ぶりだった。


「なっ、何で笑うのよ!」


「いやいや、ごめん...ふふっ。悪気は無いんだ。」


ふくれっ面で突っかかるアシュリーをなだめる。ふと、ジョニーは肝心な返事をもらっていないことに気づいた。


「そうだ。アシュリー、プロポーズの答えは?」


「へっ!?」


ギクリと肩を震わせた。今更になって緊張し出したようだ。


「ええと...。」


「僕じゃ...嫌?」


ジョニーが不安そうに訊くとアシュリーはふるふると首を横に振って


「あなたがなってほしいなら...なってあげてもいいわ。」


と照れた様子で呟いた。


その日の夜はジョニーお手製の材木で作ったベンチに2人で寝転び、星を眺め楽しく話をしながらやがて眠りに就いた。昨晩の嵐とは打って変わって、夜風が心地よいいい夜だった。










翌朝。ジョニーは日の出とともに目を覚ました。隣で眠るアシュリーに目をやりつつ伸びをする。朝日に照らされた彼女の顔は人形のように白く艶やかで美しかった。どうしても触れたくなって彼が頰に触れた瞬間。


「......アシュリー...?」


その肌は異様に冷たかった。この荒野の暑苦しさに似合わないほど。そう、まるで、死んでいるような...


「アシュリー!!」


その華奢な身体を揺り起こすといよいよ彼女が息をしていないことに気がついた。
ジョニーは心臓が締め付けられ、全身から冷や汗が溢れるのを感じた。
何度揺さぶっても反応がない。嫌だ、そんな...!こんなに早く別れが訪れるなんて!
焦りと不安と悲しみが涙になって表れた。長い間、泣いたことなんてなかったのに。


「僕を...置いていかないで...。僕をもう...一人にしないでよ...。」


アシュリーとの思い出が蘇り彼の頭の中を覆い尽くした。たった数日間だったけれど、長い間ずっと一緒にいたような感覚だった。
ジョニーは彼女の冷たくなった手を握り、額に当てながら泣き続けた。数年ぶりのその涙は止まることを知らなかった。









どれくらいの時がたっただろうか。ジョニーは泣き疲れて眠ってしまっていた。アシュリーの手を握ったまま、その手を離すまいと強く握ったまま。

ジョニーに誰かが呼びかける声が聞こえる。


「ジョニー!」


これは...アシュリーの声だ。ああ、悲しさのあまり夢を見てしまっているんだ。ジョニーはそう確信していた。


「ジョニー、起きて!いつまで寝てるのよ。」


アシュリー、君とまだたくさん話がしたかった。せめて...せめて別れの言葉を言いたかった。呼びかける声は夢が見せているものだとジョニーは強く確信していた。


「チッ...ほんっと起きないわねぇ...。」


怒っているのか。ああ、怒らないでくれ。だって夢を見ているんだから、起きてしまっては君の声も聞けなくなってしまう。


「ふむ。仕方ない...」


そう呟いたのが聞こえると次の瞬間。


「わあああああああああ!!」


「うわあぁっ!」


ジョニーは飛び起きた。叫び声のした方へ顔を向けると仁王立ちで彼を見下ろすアシュリーがいた。


「えっ!?アシュリー!?えっ、なんで生きて...」

「何も言わずこれを見て。」


驚きが隠せないジョニーに対し、アシュリーはため息をつくと一枚の小さな紙切れを取り出した。そこにはこう書かれていた。


『アシュリーへ。トイレの浄水飲むと割と長生きできるぞ〜。マイクおじさんより』


「このワンピのポケットに入ってたのを朝見つけたわ。紙が小さすぎて気がつかなかったの。」


「..............。」


呆気に取られていたジョニーは急いで早朝のことを思い返す。アシュリーが生きている。ということは、あの異様な冷たさは昨晩夜風が吹いていたこともあり、薄着の彼女は外で寝て身体を冷やしたのだろう。今までジョニーはアシュリーより早起きすることがなかったので知らなかったが、何度揺さぶっても起きなかったのはきっと彼女の寝起きが悪いからだろう。息をしてないように見えたのは恐らく焦っていたからで....。


「ちょ、ちょっとなんで泣きそうな顔してるの!?」


「アシュリー...!」


アシュリーは急いで座り込み、ジョニーの顔を覗き込んだ。
彼は涙目で鼻をすすりながら早朝の勘違いを話した。


「ぷっ...あははっ。ジョニーったら、すごく焦っていたのね。ふふっ。」


「わ、笑わないでくれよ。」


少し嬉しそうに笑うアシュリーにジョニーは不服そうな顔を向けた。
少しおいて彼女はすくっと立ち上がってジョニーに背を向け、そのまま2、3歩歩いた。


「大丈夫よ、もう。あなたを一人になんかしないわ。」


ぽかんとするジョニーにアシュリーは笑顔で振り返り、薬指にリングのはめられた左手を見せてこう言った。


「だって私、あなたのお嫁さんなんだから!」









二人は荒廃した星で、助け合い睦み合いながらいつまでも幸せに暮らしたのだった。