「...…私、クローンなの。」

アシュリーはその言葉を重々しく呟いた。先ほど彼女が言っていた。この荒廃した地球では生身の人間は長く生きられない。そこで合法的に個人のクローンが生産され、地球探査のためにある年齢になると派遣される。彼女もここに来たということは、つまりそういうことなのだろう。ジョニーは驚かなかった。クローンがどういったものか、彼にはよくわからなかったのもあるが目の前にいるアシュリーは彼にとって他の誰でもない、この世界でただ一人のアシュリーであったからだ。


「驚かないの...?私、クローンなんだよ!?それも21番目!オリジナルを抜いて19人もの私が...ここで...」


死んだ。彼女は俯いて小さくそう呟いた。

「今まで、ずっと言えなかった。私の生い立ち全部...包み隠さず話すわ。」

俯いたまま、アシュリーは話し出した。





私は今までずっと、自分のことをオリジナルだと思っていた。物心ついた頃から私はシェルターにいた。外に出してもらえたことはほとんどなかったし、食事も同じようなものばかりだったわ。扉に大きく21と書かれた部屋でずっと過ごしてきた。でも孤独じゃない。シェルターの中だったけど学校も行かせてもらえて、そこで友達もできたから。派遣されるまで教えてもらえなかったけど、友達もみんなクローンで、それぞれオリジナルの21番目だった。シェルターではクローン達は同時並行で育てられていて、自分のクローンに鉢合わせしないように配慮されている。学校は毎日ある訳ではなく、学校がない日は他のクローンが学校に行く。管理する部屋も何棟かに分かれていて職員が24時間体勢で監視してるから他の棟には行けないようになってる。でも一度、友達のジェイクが、監視の目を盗んで他の棟に行ったことがあった。その時は学校で先生に「ジェイクはクローン人間でした。明日から地球へ派遣されます。みんなでお別れの手紙を書きましょう。」と言われて彼は速やかに派遣された。私はそのときただ可哀想だなと思ってた。自分がクローン人間であることも知らずにね...。

私たちはそこのシステムに何の疑問も持たず呑気に成長した。シェルターの中が世界だと思ってたの。職員の大人達はみんなオリジナルで、別れ際が辛くなるからか感情を殺して働いていて、無愛想な人が多かった。その中でも珍しく私たちに優しくしてくれた職員がいた。その人があなたの父親のマイク。私の担当者だった。天才科学者で探検家、写真家だった彼は、私が寝付けない夜に地球で生活していた時のこと話してくれたわ。そこであなたの話もたくさん聞いた。ある夜、マイクに「もし君が地球に行くことになったら、私の息子を探してくれるかい?」と尋ねられて、迷わず頷いたわ。
シェルターでの生活は思い返せばあっという間だった。そうして16歳になった日、全てを知らされた。混乱を防ぐため、担当者からひとりずつ自分がクローンであるということやシェルターのシステムについて告げられたわ。初めて聞かされたとき、涙が止まらなかった。私はマイクに泣きついて離れなかった。マイクはずっとごめん、ごめんと謝り続けてた。あの瞬間が本当に辛かった。
クローンと告知されてからは1週間以内に地球へ飛び立たなくてはならない。持ち物は原爆症の進行を抑制する錠剤と7日分の食料のみ。世界各地に飛ばされて、ポットに備えられた機械から7日間体調の変化や土地の様子を記録してデータを送った。毎月300人のクローンが送られるんだけど、ポットからシェルターにデータが送られてくるのは大体その半分くらいらしいの。他の半分は宇宙を渡る時にポットが故障して地球にたどり着けなかったり、ポットが着陸する際の座標にずれが生じて着陸に失敗して死ぬ。ポットの改良も着実に進められているけれど、未だに事故の数は減らないの。
地球に無事着いても残された期間は7日だけ。それも放射能の濃度が高いところでは最後まで生きられない。見えないけれど着実に迫る死を...ただ待つだけ。
アメリカの数ある都市の中で、私はサンフランシスコに飛ばされることになった。あの夜の約束を受けて、マイクがそうしたんだと思うわ。ポットに入る前日にマイクからあなたへの手紙を託された。彼は初めて自分が担当したクローンたちが送り出されるという精神的苦痛やあなたに関する過去への後悔から、私が飛び立つ日の朝に自殺した。とても悲しくて、ポットの中でずっと泣いていた。

それから私は運良く無事に地球に着くことができて、マイクに頼まれた手紙を渡すためにあなたの居場所へ向かった。指定された場所には簡易トイレと簡素な家と畑があった。だめもとで行ったから、あなたが生きていることに驚いたわ。






アシュリーが話し終わった途端、雨が一層強くなり雷が鳴った。
シェルターで過ごした彼女には嵐が慣れないのか、雷の轟に一瞬大きく肩を震わせる。
ジョニーはまだ少し震えているその肩を優しく摩った。


「さっき...言ったわよね...。地球に着いてからは、7日で死ぬって...。」


声が震えていた。夏の嵐特有の生暖かい空気が、一瞬にしてピンと張り詰めた。


「私...ここに来て今日でちょうど7日なの...。本当に、いつ死ぬかわからなくて...怖くてっ...。」


俯いていた彼女が顔をあげると、その美しい顔は涙と恐怖でぐしゃぐしゃに歪んでいた。ジョニー助けてあげたいと心から思った。しかし彼にはどうすることもできない。
堪らず彼女を抱きしめて強く言い放った。


「僕が、ずっとそばにいるからっ...!絶対に離れないから!!」


それから彼女は力なく泣き崩れ、わんわん泣き続けたのだった。