親愛なるジョニーへ。

長い間、家を空けてすまなかった。
私はお前が小さい頃、アラスカに在住し、写真家として北極と南極を飛び回っていた。
ママとお前には随分と寂しい思いをさせてしまったな。
少し、昔の話をしよう。

お前が生まれて間もない頃、北極からロシアの情報機関をジャックして「アメリカ合衆国滅亡計画」なるものの存在を知った。その内容は、数多の原子爆弾をアメリカのサンフランシスコに投下し、丸々一都市を崩壊させ、それを皮切りにニューヨーク、ワシントンと次々に都市を破壊するというなんとも恐ろしいものだった。

私はすぐにでもお前たちに他国に逃げるよう伝えたかった。だが、急いでその手紙を書いているとあることに気がついた。
ロシアとアメリカの核兵器を用いた戦争はやがて世界中を巻き込む。貧しい国や中立国は途端に制圧され、豊かな自然は植民地と化し、その植民地を燃やすためまた新たな核が落とされる。核戦争の勃発。それはつまり地球全体の破滅を意味する。
他国に逃げたところで逃げ場はない、どこにでも核は落ち得る。
そう確信した私は、写真家活動そっちのけで日々研究と実験に勤しんだ。
そうして8年間費やした甲斐もあり、例のトイレットが完成した。
運命の日は間近までせまっており、本当にギリギリだった。

突然の大きな贈り物に驚かせてしまったかもしれない。
極地で身の安全を守るものといえば簡易トイレしかなかったんだ。
広さも十分でない。やむを得なかったがせめてお前だけでも助かって欲しいと願った。
もしかしたら役に立つかもしれないと思い、マニュアルを備え付け、非常食として用を足して置いた。どちらかでも役に立っていてくれたら幸いだ。

もし今お前が生きているなら...もう18歳になるのか……。10年間も孤独な思いをさせてしまって本当に申し訳ない。私は父親失格だ。

私は今、火星にいる。核の熱を防ぐトイレの研究が買われ、それなりに良い暮らしむきだ。だが毎日、地球に置き去りにしたお前たちへの申し訳なさにとらわれてしまって、生きていてもその実感が持てない。近々自ら命を絶つつもりだ。自責の念に駆られる日々に憔悴しきってしまったんだ。私は何とも不甲斐ない男だ。そんな自分が嫌になって、自身のクローンを残すことを勧められたものの拒否した。その代わりアシュリーに私の思いを託した。詳しいことは彼女に訊いてくれ。



最後になるが、本当に、本当にすまなかった。ジョニー、それにエミリー。お前たちのことは死んでも絶対に忘れない。愛しているよ。

パパより。





手紙を読む声が震えていた。ジョニーが顔横に目をやるとアシュリーの頰に伝う雫が見えた。彼はどうしていいのかわからず、はじめはしどろもどろするばかりであったが、ふと思い出し彼女が先ほど自分にしてくれたように背中を優しく、優しく摩ってやった。あんなにも芯が強いのに、その身体は華奢で今にも壊れそうだ。とりわけ彼女が初めて見せる涙がそのように思わせているのかもしれない。


「ジョニー…あなたはっ...悲しくないの…。」


堰を切ったようにぼろぼろと大粒の涙を零すアシュリーが震えた声で呟く。顔を赤らめ涙で潤んだ瞳のせいか、出会った当初は少し怖いとも感じていたアシュリーの存在が今はとてつもなく弱々しく、頼りなく、そして愛らしく感じる。


「僕は…大丈夫。…それより、君が泣いている所を見るほうが悲しいよ。」


「っ...なんでよっ…。」


目をぎゅっと瞑ってアシュリーはジョニーの腕を叩く。そのまま彼女の手は彼の腕にすがりつくように指先に力が入った。だが出会ったばかりの時、彼をぶった手と同じとは思えないほど全ての動作が力なくやるせなかった。
守ってあげたい。悲しみに暮れる彼女の姿は傷ついて飛べなくなった哀れな鳥を連想させる。ジョニーは無意識のうちにアシュリーの頭を優しく撫でていた。




外は依然強い雨が降っている。静かな室内にぴちゃん、ぴちゃんと雨漏りの音が響いた。





「まだ......。」


アシュリーは珍しく言葉に詰まる。


「まだ言ってないことがあるの。...お願い、聞いて。」


落ち着いたのか、ある程度泣き止んだ彼女は何かに気おくれしたように、ジョニー肩に手をついて少し身体を離す。


「こ...これで...最後だから...。」


目を腫らしてジョニーを見据える彼女の瞳の奥に、若干の怯えと迷いが感じられる。
彼女のためなら何でもしようと、そう強く思った。


「...うん。聞かせて。」


ジョニーは肩に置かれた彼女の手を剥がし両手で包み込んで、引き寄せた。
雨で冷えたせいか、ひどく冷たい手。
壊れないように優しく、それでいてしっかりとその繊細な掌を握った。




彼女が話し始めるまで、彼はいつまでも待ち続けたのだった。