ぱちぱち、と火が音を立てる。
見つめ合う二人。弱い風が吹いていた。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
ふっとアシュリーが微笑む。さっきまでの張り詰めた空気が一瞬で和らいだ。
「もう遅いし、今日は寝ましょう?私、疲れちゃったわ。」
「あ・・・うん。」
彼女の表情は何か言いたげであったが、詮索するのは止めておいた。彼女が嫌がることはしたくない。
そのまま火を消して、彼らはその日を終えた。
翌日は珍しく雨が降った。畑仕事をする必要はない。ボロボロの古小屋の雨漏れを受けるバケツの水を、数時間おきに外へ捨てるだけ。雨の日はすることがなくて退屈だ。たが今までの雨の日とは違い、今日はアシュリーがいる。アシュリーが暇つぶしの手遊びを幾つか教えてくれたので、退屈はしなかった。
あっという間に時間が過ぎ、長い雨が少し弱まってきた頃。おやつ替わりに乾燥させた芋を食べているときだった。
「あのね、あなたに言っておきたいことがあるの。」
彼女が切り出した。昨日の続きの話だろう。顔を見るが、目線が合わない。彼女の視線は自分の足元に注がれている感じがして、とても言いづらそうだった。
「この世界のこと。ほかのみんながどこに行ったのかとか、何で私がやってきたのかとか、そういうの、全部。」
「この世界のこと・・・?」
その瞬間、色々な思いがジョニーの心を巡った。ジョニーはこれまで一人で生きてきた。生きるのに必死で、自分の世界しか見えていなかった。この世界、つまり地球全体のこと。想像すらしたことなかった。そんな余裕、どこにもなかった。いや、それは違う?考えるのが怖かっただけかもしれない。何が起こっているのか、知りたいはずなのに知りたくなくて、無意識にその発想を避けていたのかもしれない。怖い。なぜ怖いのかわからないが、本当のことを知るのが怖いと思った。
背中に暖かい感触を感じた。アシュリーがジョニーの背中を優しくさすっている。彼女は彼の顔を覗き込むようにして、呟く。
「大丈夫?唇、震えてる。安心して、私がいるから。」
ごくり、と唾を飲み込み間をおいて、ジョニーはアシュリーに向き直る。彼女の一言はどうしてどれも一つ一つ心に深く響くのだろうか。気持ちが安定したのがはっきりとわかった。
「落ち着いて聞いて。」
そう前置きしてから、彼女は語り始めた。
サンフランシスコに原子爆弾が投下されたあと、アメリカとロシアの敵対から世界各国を巻き込んだ第三次世界大戦が勃発したの。世界中に原子爆弾が投下され、弱い国は滅び、多くの人々が亡くなり、人類史上最悪の戦争が3年間続いた。
戦争が長くなって各国が摩耗してきたころ、アメリカは地球を捨てて火星に移住すると決断した。そのときこの星はもう人が住める環境では無くなっていて、たくさんの人や動植物が原爆症で苦しんでいたの。
そんな人たちを置き去りにして、アメリカの一部の人々が火星に移住した。アメリカ以外の他の国の人々も、とりあえず休戦協定を結んで、今は火星で新しい国家を形成してる。
科学が発達したアメリカは、やがて火星でクローン人間の生産を開始した。昔はクローン人間を造ることを違法としていたんだけど戦争でたくさんの人が死んで、火星に移住した多くの人も原爆症を発症して動けなくなり格段に人口が減ってしまったから、政府は生産を許可せざるを得なかった。
クローン人間の生産は人口を増やすこと以外にもう一つ目的があった。それは荒廃した地球の調査。今じゃ調査するロボットを作るよりもクローン人間を使ったほうが費用が安く済むし、人体への影響がわかりやすい。いままで何千人ものクローン人間が地球へ派遣されたわ。みんな死んでしまったけど、それでも少しくらいの成果はあるから、まだこの政策は続いてる。
酷い話よね。でも一応、人権には配慮がされていて、クローン人間で軍へ派遣される人や地球へ派遣される人は、自分がクローンだってことは派遣されるまで知らされないようになってるの。ある年齢になると政府から通告がきて、7日以内には派遣されるわ。
私もそう。地球の探査に来たのだけど、アメリカのサンフランシスコに派遣されると聞いて、私の育ての親がある男の子の生存を確認して欲しいって。トイレの座標を確認して会いに来たってわけ。まさか、生きてるとは思ってなかったけど。
一通り話し終わったアシュリーはコップに注がれた水を一口飲み、残った水を見つめる。
「あなたが原爆症になるのを防いでいたのは、この水だって知ってた?」
「それはトイレから湧き出る水だけど…?」
父さんが残していってくれた簡易トイレ。ジョニーを核爆弾から守るシェルターとなり、新鮮な水が溢れる井戸となり、ジョニーの生活を支える重要なものだ。
「そう。あなたのお父さんのマイクがこの核戦争を予想して十数年間かけて開発したものなの。私を育ててくれたから、マイクは私の親でもあってね。あなたのこと、心配してたわよ。」
「_____ッ!?」
マイク。お父さん。その名前を聞いた瞬間、爆弾が落ちる前の楽しかった生活の記憶が溢れるようにして蘇った。それまで切れていた記憶の糸が結びつき、多くの色鮮やかな思い出がジョニーの心を埋め尽くした。冷や汗が出て、脈が速くなって、呼吸が荒ぶるのを感じた。
「ジョニー!大丈夫!?」
「いっ…今、忘れていた思い出を全部思い出した!僕の父さんはマイク、母さんはエミリー!近所のおじさんはボブで、親友の名前はマイケル!...まだ、まだいたはず!!」
「無理しないで、ジョニー。」
アシュリーがジョニーの手を握り、引き寄せた。ジョニーを心配そうに見つめるその青い瞳は、不思議と彼の興奮を落ち着かせた。
そうだ、とアシュリーが思い出したように呟いた。
「マイクから手紙があるの。」
アシュリーはワンピースのポケットから折りたたんだ紙を取り出して見せた。ジョニーが紙を受け取って開くと、そこにはたくさんの小さな字が羅列していた。
「僕は…難しい字が読めないんだ。」
「…そう、なら読んで聞かせてあげるわね。」
そう言ってアシュリーはジョニーの向かいから隣へ移って寄り添った。それから、手紙をもつジョニーの震える手を支えながら読み始めた。
見つめ合う二人。弱い風が吹いていた。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
ふっとアシュリーが微笑む。さっきまでの張り詰めた空気が一瞬で和らいだ。
「もう遅いし、今日は寝ましょう?私、疲れちゃったわ。」
「あ・・・うん。」
彼女の表情は何か言いたげであったが、詮索するのは止めておいた。彼女が嫌がることはしたくない。
そのまま火を消して、彼らはその日を終えた。
翌日は珍しく雨が降った。畑仕事をする必要はない。ボロボロの古小屋の雨漏れを受けるバケツの水を、数時間おきに外へ捨てるだけ。雨の日はすることがなくて退屈だ。たが今までの雨の日とは違い、今日はアシュリーがいる。アシュリーが暇つぶしの手遊びを幾つか教えてくれたので、退屈はしなかった。
あっという間に時間が過ぎ、長い雨が少し弱まってきた頃。おやつ替わりに乾燥させた芋を食べているときだった。
「あのね、あなたに言っておきたいことがあるの。」
彼女が切り出した。昨日の続きの話だろう。顔を見るが、目線が合わない。彼女の視線は自分の足元に注がれている感じがして、とても言いづらそうだった。
「この世界のこと。ほかのみんながどこに行ったのかとか、何で私がやってきたのかとか、そういうの、全部。」
「この世界のこと・・・?」
その瞬間、色々な思いがジョニーの心を巡った。ジョニーはこれまで一人で生きてきた。生きるのに必死で、自分の世界しか見えていなかった。この世界、つまり地球全体のこと。想像すらしたことなかった。そんな余裕、どこにもなかった。いや、それは違う?考えるのが怖かっただけかもしれない。何が起こっているのか、知りたいはずなのに知りたくなくて、無意識にその発想を避けていたのかもしれない。怖い。なぜ怖いのかわからないが、本当のことを知るのが怖いと思った。
背中に暖かい感触を感じた。アシュリーがジョニーの背中を優しくさすっている。彼女は彼の顔を覗き込むようにして、呟く。
「大丈夫?唇、震えてる。安心して、私がいるから。」
ごくり、と唾を飲み込み間をおいて、ジョニーはアシュリーに向き直る。彼女の一言はどうしてどれも一つ一つ心に深く響くのだろうか。気持ちが安定したのがはっきりとわかった。
「落ち着いて聞いて。」
そう前置きしてから、彼女は語り始めた。
サンフランシスコに原子爆弾が投下されたあと、アメリカとロシアの敵対から世界各国を巻き込んだ第三次世界大戦が勃発したの。世界中に原子爆弾が投下され、弱い国は滅び、多くの人々が亡くなり、人類史上最悪の戦争が3年間続いた。
戦争が長くなって各国が摩耗してきたころ、アメリカは地球を捨てて火星に移住すると決断した。そのときこの星はもう人が住める環境では無くなっていて、たくさんの人や動植物が原爆症で苦しんでいたの。
そんな人たちを置き去りにして、アメリカの一部の人々が火星に移住した。アメリカ以外の他の国の人々も、とりあえず休戦協定を結んで、今は火星で新しい国家を形成してる。
科学が発達したアメリカは、やがて火星でクローン人間の生産を開始した。昔はクローン人間を造ることを違法としていたんだけど戦争でたくさんの人が死んで、火星に移住した多くの人も原爆症を発症して動けなくなり格段に人口が減ってしまったから、政府は生産を許可せざるを得なかった。
クローン人間の生産は人口を増やすこと以外にもう一つ目的があった。それは荒廃した地球の調査。今じゃ調査するロボットを作るよりもクローン人間を使ったほうが費用が安く済むし、人体への影響がわかりやすい。いままで何千人ものクローン人間が地球へ派遣されたわ。みんな死んでしまったけど、それでも少しくらいの成果はあるから、まだこの政策は続いてる。
酷い話よね。でも一応、人権には配慮がされていて、クローン人間で軍へ派遣される人や地球へ派遣される人は、自分がクローンだってことは派遣されるまで知らされないようになってるの。ある年齢になると政府から通告がきて、7日以内には派遣されるわ。
私もそう。地球の探査に来たのだけど、アメリカのサンフランシスコに派遣されると聞いて、私の育ての親がある男の子の生存を確認して欲しいって。トイレの座標を確認して会いに来たってわけ。まさか、生きてるとは思ってなかったけど。
一通り話し終わったアシュリーはコップに注がれた水を一口飲み、残った水を見つめる。
「あなたが原爆症になるのを防いでいたのは、この水だって知ってた?」
「それはトイレから湧き出る水だけど…?」
父さんが残していってくれた簡易トイレ。ジョニーを核爆弾から守るシェルターとなり、新鮮な水が溢れる井戸となり、ジョニーの生活を支える重要なものだ。
「そう。あなたのお父さんのマイクがこの核戦争を予想して十数年間かけて開発したものなの。私を育ててくれたから、マイクは私の親でもあってね。あなたのこと、心配してたわよ。」
「_____ッ!?」
マイク。お父さん。その名前を聞いた瞬間、爆弾が落ちる前の楽しかった生活の記憶が溢れるようにして蘇った。それまで切れていた記憶の糸が結びつき、多くの色鮮やかな思い出がジョニーの心を埋め尽くした。冷や汗が出て、脈が速くなって、呼吸が荒ぶるのを感じた。
「ジョニー!大丈夫!?」
「いっ…今、忘れていた思い出を全部思い出した!僕の父さんはマイク、母さんはエミリー!近所のおじさんはボブで、親友の名前はマイケル!...まだ、まだいたはず!!」
「無理しないで、ジョニー。」
アシュリーがジョニーの手を握り、引き寄せた。ジョニーを心配そうに見つめるその青い瞳は、不思議と彼の興奮を落ち着かせた。
そうだ、とアシュリーが思い出したように呟いた。
「マイクから手紙があるの。」
アシュリーはワンピースのポケットから折りたたんだ紙を取り出して見せた。ジョニーが紙を受け取って開くと、そこにはたくさんの小さな字が羅列していた。
「僕は…難しい字が読めないんだ。」
「…そう、なら読んで聞かせてあげるわね。」
そう言ってアシュリーはジョニーの向かいから隣へ移って寄り添った。それから、手紙をもつジョニーの震える手を支えながら読み始めた。
