二人の奇妙な生活が始まった。
始めこそ戸惑っていたものの、ジョニーはここでの生活の仕方を教えたり、彼女からの質問に答えたりしていくうちに、徐々に会話に慣れていった。誰かと話をするのは、こんなに楽しいものだっただろうか。ふっと口元が緩む。彼の心はかつてないほどに軽く弾んでいた。



彼女が現れてから何日か過ぎたある夜、火を囲んで射落とした小ぶりの鳥を焼いていると



「そういえば。」



ジョニーが思い出したように言った。まだ肝心なことを訊いていない。彼が彼女にもつ幾つかの疑問のうちのひとつ。



「君の名前は、なんていうの。」



彼女は青い目を瞬いた。



「あれっ、言ってなかったっけ?」



こくりと頷く。二人しかいないと「僕」と「君」だけでほとんどの会話は成り立つ。特別名前を呼び合う必要もなかったのだ。




「私の名前は、アシュリーよ。昔はチアリーダーになるのが夢でね。まあ、今じゃもう諦めているんだけど。」




火に落ち葉をくべながら彼女は続ける。表情は平然としていたが、その声はどこか寂しそうだった。




「ジョニー、あなたは?何か、夢とかあったの。」


「僕は・・・。」




言葉が詰まった。夢?小さい頃の自分は、何になるのが夢だったんだっけ。
必要最低限の生活しかしてこなかった彼にとって、なりたい職業なんてものは考えたこともなかった。




「夢なんて、持ったことないよ。」


「あら。つまんないの。」




風がひょうと吹いた。火が一瞬小さくなり、またもとの大きさに戻る。彼女は火を見つめ、あくびをしながら話した。




「まだ、他にも聞きたいことあるんじゃない?言いづらそうにしているの、見てすぐわかるわ。」



じゃあ、とジョニーは口を開く。




「生まれた場所、故郷はどこなの。」



「私の故郷はシェルターの中よ。いつ生まれたか、誰に生んでもらったかもわからないわ。生まれてすぐ、施設に入って、そこでマイクっていう人に育ててもらったの。」



マイク。聞き覚えがある。だが誰の名前か、どうしても思い出せない。彼女の口から淡々と出る言葉もあまり理解できない。




「そ・・・そう。どうやって、ここまで来たの。」




「人工衛星の空撮写真からあなたのいる場所の座標を特定して、ポットに入って近くまで飛んできたの。燃料は行きの分だけだから、片道切符なんだけどね。」




「・・・こ、言葉が難しくて何を言っているのかわからないよ。」




アシュリーの口から知らない単語がぽんぽんと飛び出てくる。彼女は本当に一体何者なんだろうか。ジョニーはとてつもない不安に駆られた。華奢でいて芯の強い、彼に心の安らぎを与えていた彼女が突然わからなくなってしまった。


腰を上げたアシュリーは、ゆっくりとジョニーに近づく。彼女を見上げたまま思わず後ずさるジョニーに、白くて細い腕をすっと伸ばて、彼の頬を撫でた。




「あなた、本当に何も知らないのね。」




哀れみの目。

ジョニーを見据えるその目は炎の光を反射し、きらきらと橙色に輝いている。




彼はぴくりとも動けないでいた。