荒れ果てた荒野にポツリと物悲しく建つ古小屋。登ると、きしきしと音を鳴らす階段のある玄関先にいるのは、壁に手を付いて地平線を眺める青年、ジョニーである。彼は孤独だ。家族もいなければ、友人もいない。彼の大切な人は皆、数年前のあの悲劇によって奪われてしまった。
しかし彼は今の生活に不満を抱くことはなかった。それは、彼の運の良さと自活能力の高さがあってこそである。
核爆弾にも耐えた簡易和式トイレットの内壁には、8歳のジョニーでも理解できる簡単な文面で書かれたマニュアルが備え付けてあった。マニュアルの内容通りにある行程を進めると、トイレットの便器から新鮮な地下水が延々と溢れる仕組みが出来上がり、お陰で彼はこの乾燥地帯で生活できるようになった。
はじめの方は家の地下室に貯蔵されていた食料を食べていたが、次第にそれも尽き始めた。そのときちょうど、トイレット内にストックしてあったトイレットペーパーの芯の中から、大豆や芋類などの乾燥に強い植物の種が見つかった。彼は便器から溢れる地下水を利用し、地を耕し種を植え、実を収穫してはまた種を植え、これを繰り返した。
そんなこんなで、今では時折姿を見せる空を舞う鳥を、手製の弓矢を駆使して射落とすことまでできるようになった。
そう、彼の生活は確かに"生きる上では"充実していた。
しかし彼はいつも不安で、何かに怯えていた。心にぽっかり穴が空いたような、それでいて誰かに狙われているような、不安な気持ちでいた。小さい頃は母が恋しくて泣いたこともあったが、そうしたところで慰めてくれる人間はいない。じきに泣くことはなくなり、彼は感情を失っていった。今ではもう、母の顔も思い出せない。
「今日も・・・暑いな・・・。」
いつものように便器から湧き出る水をバケツに移してからコップを使って、からからに乾いた地面に育つサツマイモと大豆に水をやる。
今は一体いつなんだろう。僕は何歳になったんだろう。そんなつまらない疑問は幾度となく頭に浮かんでは消えた。答えを知る術もない。カレンダーも時計もない生活が長い彼にとって、時間という概念があった昔のほうが想像しにくい。
「あの・・・」
昔を思い出していたせいかなのか、暑さにやられたせいなのか、ぼうっとしたジョニーに話しかける小さな声が聞こえる。ジョニーは幻聴だと確信していた。
「あのっ・・・!」
やや張り詰めた声となった。ジョニーよりもずっと高い声。しかし彼は幻聴だと確信していた。
「あの、聞いてます?ジョニーさんですか?」
冷静ながらも若干怒りが見え隠れしているといった声だ。名前を呼ばれても構わず無視を続ける。なぜなら彼は幻聴だと確信していたからだ。
「ねえってば!」
今度はその高い声を張り上げて言った。あたかもそこに誰かいるかのように、先程よりも声を近くに感じた。しかしジョニーは依然としてそれは幻聴であると確信していた。
「はあ・・・あのさあ、聞こえてんだよね?流石にこの距離で聞こえないわけないよね?」
完全に怒っている様子だ。しかしジョニーは無視を続ける。それは彼が幻聴だと確信していたかったからだ。
「・・・チッ!」
舌打ちだと?奇妙な幻聴だ。それよりもっと奇妙なのは自分の前に人影らしきものがあることだ。ジョニーは怖くて顔が上がらず、たくましく咲いた大豆の花を見ることしかできなかった。全身が震える。怖い。ああ、怖い。
それでも、一瞬だけ顔を上げてみようと決心した次の瞬間。
スパァン!!
頬に激痛。何故に!?
その時のジョニーの心は、怖さよりも単純な疑問で満ちていた。何故ぶたれる必要があるのか?
「ぐっ・・・。」
「あっ、良かった。生きてるみたい。」
ヒリヒリと痛む頬を片手で抑えながら、手が伸びてきた方向を睨みつける。
そこにいたのは小柄で色の白い、少し幼さを感じる見た目の少女だった。ストレートの赤髪を頭の高い位置で結び、透き通った青色の目と長いまつ毛、そばかすが印象的な女の子。白いワンピースを着て、頭には日除けのためか、白い麦わら帽子を被っている。
何故こんなところに?人と会うのが久しぶり過ぎて、ジョニーはうまく言葉が出てこなかった。
「あなた、ジョニーなんだよね?」
「えっ・・・あっ、その・・・。」
うろたえるジョニーをよそに少女は続ける。
「あのね、色々思うことがあるかもしれないけど・・・。単刀直入に言うね、ジョニー。」
いきなり人の頬を殴ってきた人間の言うことを一方的に聞かされているというこの状況で、人に慣れていないジョニーに反論する余裕はなかった。素直に次に出る言葉を待つ。
少女は言い出しづらそうにしていたが、はっきりと目を見てジョニーに告げた。
「私は火星から、あなたに会いに来たの。」
しかし彼は今の生活に不満を抱くことはなかった。それは、彼の運の良さと自活能力の高さがあってこそである。
核爆弾にも耐えた簡易和式トイレットの内壁には、8歳のジョニーでも理解できる簡単な文面で書かれたマニュアルが備え付けてあった。マニュアルの内容通りにある行程を進めると、トイレットの便器から新鮮な地下水が延々と溢れる仕組みが出来上がり、お陰で彼はこの乾燥地帯で生活できるようになった。
はじめの方は家の地下室に貯蔵されていた食料を食べていたが、次第にそれも尽き始めた。そのときちょうど、トイレット内にストックしてあったトイレットペーパーの芯の中から、大豆や芋類などの乾燥に強い植物の種が見つかった。彼は便器から溢れる地下水を利用し、地を耕し種を植え、実を収穫してはまた種を植え、これを繰り返した。
そんなこんなで、今では時折姿を見せる空を舞う鳥を、手製の弓矢を駆使して射落とすことまでできるようになった。
そう、彼の生活は確かに"生きる上では"充実していた。
しかし彼はいつも不安で、何かに怯えていた。心にぽっかり穴が空いたような、それでいて誰かに狙われているような、不安な気持ちでいた。小さい頃は母が恋しくて泣いたこともあったが、そうしたところで慰めてくれる人間はいない。じきに泣くことはなくなり、彼は感情を失っていった。今ではもう、母の顔も思い出せない。
「今日も・・・暑いな・・・。」
いつものように便器から湧き出る水をバケツに移してからコップを使って、からからに乾いた地面に育つサツマイモと大豆に水をやる。
今は一体いつなんだろう。僕は何歳になったんだろう。そんなつまらない疑問は幾度となく頭に浮かんでは消えた。答えを知る術もない。カレンダーも時計もない生活が長い彼にとって、時間という概念があった昔のほうが想像しにくい。
「あの・・・」
昔を思い出していたせいかなのか、暑さにやられたせいなのか、ぼうっとしたジョニーに話しかける小さな声が聞こえる。ジョニーは幻聴だと確信していた。
「あのっ・・・!」
やや張り詰めた声となった。ジョニーよりもずっと高い声。しかし彼は幻聴だと確信していた。
「あの、聞いてます?ジョニーさんですか?」
冷静ながらも若干怒りが見え隠れしているといった声だ。名前を呼ばれても構わず無視を続ける。なぜなら彼は幻聴だと確信していたからだ。
「ねえってば!」
今度はその高い声を張り上げて言った。あたかもそこに誰かいるかのように、先程よりも声を近くに感じた。しかしジョニーは依然としてそれは幻聴であると確信していた。
「はあ・・・あのさあ、聞こえてんだよね?流石にこの距離で聞こえないわけないよね?」
完全に怒っている様子だ。しかしジョニーは無視を続ける。それは彼が幻聴だと確信していたかったからだ。
「・・・チッ!」
舌打ちだと?奇妙な幻聴だ。それよりもっと奇妙なのは自分の前に人影らしきものがあることだ。ジョニーは怖くて顔が上がらず、たくましく咲いた大豆の花を見ることしかできなかった。全身が震える。怖い。ああ、怖い。
それでも、一瞬だけ顔を上げてみようと決心した次の瞬間。
スパァン!!
頬に激痛。何故に!?
その時のジョニーの心は、怖さよりも単純な疑問で満ちていた。何故ぶたれる必要があるのか?
「ぐっ・・・。」
「あっ、良かった。生きてるみたい。」
ヒリヒリと痛む頬を片手で抑えながら、手が伸びてきた方向を睨みつける。
そこにいたのは小柄で色の白い、少し幼さを感じる見た目の少女だった。ストレートの赤髪を頭の高い位置で結び、透き通った青色の目と長いまつ毛、そばかすが印象的な女の子。白いワンピースを着て、頭には日除けのためか、白い麦わら帽子を被っている。
何故こんなところに?人と会うのが久しぶり過ぎて、ジョニーはうまく言葉が出てこなかった。
「あなた、ジョニーなんだよね?」
「えっ・・・あっ、その・・・。」
うろたえるジョニーをよそに少女は続ける。
「あのね、色々思うことがあるかもしれないけど・・・。単刀直入に言うね、ジョニー。」
いきなり人の頬を殴ってきた人間の言うことを一方的に聞かされているというこの状況で、人に慣れていないジョニーに反論する余裕はなかった。素直に次に出る言葉を待つ。
少女は言い出しづらそうにしていたが、はっきりと目を見てジョニーに告げた。
「私は火星から、あなたに会いに来たの。」
