＊　＊　＊

安里は会社員の父親と専業主婦の母親との間に生まれた。

兄弟姉妹はいなかった。

１人っ子の安里は両親から愛情をたっぷりと受けて育った…のだが、彼らからの愛情が異常だと言うことに気づいたのは５歳の頃だった。

「ただいまー！」

暗くなるまで幼稚園の友達と一緒に遊んだ安里は、家に帰ってきた。

「安里ちゃん、お帰り…って、どうしたの！？」

台所で夕飯を作っていた母親は玄関まで迎えにくると、安里のその姿に驚いた。

帰ってきた安里のその姿は、頭からつま先まで泥まみれだった。

「エミコちゃんと泥んこ遊びをしたの！」

乾いた泥を顔につけたまま無邪気な笑顔で返事をした安里に、母親の顔が赤くなって震えていた。

「お、お母さん…？」

いつもとは違う母親の様子に安里が呟くように呼んだら、母親は安里の手を引いて家を出た。

「お母さん、痛いよ！」

強く自分の手を引っ張っている母親に声をかけるけど、母親は無視するようにしてどんどんと歩いて行った。