お酒を飲む気分でもないし、文ちゃんと楽しくお喋りをしたい気分でもない。
それでも、ここから立ち上がれずにいる。
頭の中が整理できない……
違うな。
頭と心が一致しないんだ。
「大切な奴なんだろ?」
豊がテーブルに置いたお金を手に取りながら、文ちゃんはあたしの心を見透かすようにこちらを見る。
「大切だった人」
「過去形か……そうは見えなかったけどな」
過去形だよ。
豊はもうとっくの昔に過去の人。
「なぁ。人間はどんな道を選んでも後悔する生き物だ。それなら自分に正直に生きたっていいと思わないか?」
「あたし、正直に生きていないように見える?」
過去形で豊を語るあたしは正直ではないのだろうか…――
「俺にはわからねぇけど、さっきの男を過去形で語る男なら、どうして同じ銘柄の煙草を吸ってる?」
かなわないな……
文ちゃんには何でもお見通しか。
人に踏み込まれるのが苦手なあたしも文ちゃんに踏み込まれる事には嫌悪感を感じない。


