「あら香澄ちゃん、今日も来てくれてありがとう」
扉を開けると花瓶に水を注いでいる最中の千木良くんのお母さんが私に笑顔を向けた。
「お邪魔します」と頭を下げるのはこれで何度目だろう。このやり取りも。その優しい笑顔で迎えてくれるのも。
初めて千木良くんのお母さんと対面したのは都波に連れてこられてた次の日。
その日は1人でこの病室まで足を運んだ。入るか躊躇っている時に扉が引かれて、出てきたのが千木良くんのお母さんだ。
驚いた顔からほっとしたように笑みを浮かべる女性は千木良くんに似ていた。特に目元が。眠そうな目は本当に寝ていないのかもしれないくらいとろんとしていた。笑うと更に垂れ下がる目は彼にそっくりだ。
「空牙、香澄ちゃん来てくれたよ」
都波も言っていたけど、本当に話しかけたり揺すったりしたら直ぐにでも起きてきそうなくらい穏やかな寝顔がそこにある。
何度来ても毎回思ってる。一体いつになったら目を覚ますのか。早く目を覚ましなさいよ、と。
「香澄ちゃん、私ちょっと外出ちゃうんだけど、ゆっくりしていってくれて構わないからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いいのよ。空牙も嬉しいと思うから」
静かに閉められた扉を見送って眠り続ける顔を覗く。
「今日もお邪魔しますよ。千木良くんのお母さんほんと気さくで優しいよね。私好きだなぁ」
独り言に過ぎない言葉を並べながら、折りたたみ椅子を取り出して座る。
彼との距離がグンと近くなって、その寝顔にふと笑みを浮かべながらある事を報告した。
家族の悩みを聞いてくれた彼にはちゃんと言うべきだと思ったから。
といっても、ちゃんと聞いてくれている訳じゃないからこれも独り言と同じに過ぎないのかもしれないけど。
それでも、千木良くんにはその面で沢山迷惑かけちゃったし、支えてもらったし……色々とお世話になったから。
これで大きな私の抱えた問題は一件落着で、今度は千木良くんの番。あなたの抱えている事を教えてほしいと、手を握った。
心電図の音も静かに聞こえる呼吸音。
その音は“彼はココに存在している”ことを意味していることが大きい。間違いない。ちゃんと生きている。
それなのに半透明の彼は『戻れない』と言う。つまり魂が戻れていないってこと。彼曰く、『本体が拒否している』んだとかで……。
それは2日前の21時頃、突然現れた彼が言っていたことだ。



