叫べ、叫べ、大きく叫べ!


階段を駆け上がる。息が上がっても足は止めたくなかった。止めたら色々溢れてしまいそうだから。


そう思った矢先に、誰かにぶつかった。慌てて謝ると聞き覚えのある声が私を驚いた声で呼ぶ。


なんでこんな時に限っていつも現れるんだ。特に見て欲しくない顔をしている時に。私の足が確実に止まってしまった。俯いている私を不思議に思ったのか彼に覗かれる。


――っだめ。見ないで。



「かすみ、ちゃ……」

「手、離して」

「嫌だ。泣いてる香澄ちゃんほっとけない」

「っ、それでも離してっ、ほっといて、1人にして!」


叫びに似た声は小さくてもこの場には響いたようで、都波の掴む手が緩んだ。そのすきにちょうど顔を背けた時に見つけた女子トイレに駆け込んだ。


ここなら誰も邪魔が入らない。都波も入ることは出来ない。入ってきたら通報してやる。


個室に入ると力が抜けた。


ドアに寄りかかってズリズリとしゃがむ。悲しいことに柑橘系の香りがする。この旅館のシンボルなのだろうか。この香りが嫌になりそうだ。思い出しちゃう。


最低。酷いよ。本当に最低。たくさんのドキドキ返して欲しい。千木良くんなんて……っ。



「……ぅっ、くっ、……うぁぁ」


溢れる思いが涙に変わる。目元がヒリヒリするくらい擦りながら拭う。そろそろ止まって欲しい。そう思って手で目を塞ぐけれど隙間から零れていくばかりだった。


どれくらい泣いていたのだろう。ふらふらと個室から出て鏡に映る私はそれは酷すぎる顔をしていた。


久しぶりだ。こんなに泣いたのは。夏祭り以来かな……――ッ。


だめだそれ以上思い出してはと脳裏で警告される。遅かった。もう止めようがないくらいに彼とのエピソードが繰り広げられた。


鏡に映る私が揺らぐ。


頬を伝って落ちた雫は手の甲に粒を作った。それは重なって広がっていく。
冷たい水で顔を洗うと痛かった。もし文香たちに何か言われたらどう答えよう。怖い夢を見たと言えば納得してくれるかな。


鏡を見るかぎり怖い夢を見た理由では済まなそうだけど。それでもなんとかこれで押し通すつもりで部屋へ戻った。