「香澄、なんか前と変わったな」
ぽとりと言葉をそこに置くように呟いた彼が少し顔を上げた。
上目遣い……。
切れ長な目なのにまだ眠たそうな目元はなんだか切なそうに揺れてた。首に当たっている柔らかい髪がくすぐったい。動く度に毛先が首を撫でる。
その度に顔をしかめた。
ほのかに香る柑橘系に心臓が速くなる。これは旅館のシャンプーの香りだ。私も同じ香りを纏っている。そう意識せざるを得ないこの状況に私の音が彼に届いてしまうんじゃないかという不安が押し寄せる。
それでも平常心を保とうと声に出す。
「やっぱそう思う? てか前もこんなこと言われた」
「……うん。……なんか香澄を遠くに感じる」
「? 逆じゃない? だって今、」
「“今だけ”だろ? 香澄はもう1人じゃないじゃん。周りにいるじゃん。屋上にも来なくなったし。……だから香澄は遠い」
落ち着いた声の中に寂しさが垣間見えた。消え入りそうな声に胸が締めつけられる。
確かに今の私は独りじゃなくなった。友達も出来た。以前より笑顔も増えた。今まで感じてこなかった想いもたくさん増えた。
そして、屋上にも行かなくなった。久しぶりに足を運んだのは後夜祭で花火を見た時だ。
千木良くんもそこにいた。文化祭だって私は彼と会った。浴衣姿をかっこいいと思った。文化祭だけじゃない。夏休みだって泣きじゃくる私を優しく包んでくれた彼は誰よりも近かった。彼の香りが好きだった。爽やかな柔軟剤の香りは私を安らぎに導いてくれる。
彼は私を『遠い』と言うけれど、私にとっては誰よりも『近い』人だ。
屋上へ行けなくてもどかしくて、移動教室で彼のクラスの前を通る時、私は探していた。
見つけるといつも机に伏せていて、その姿に何度も頬を緩ませていたのを皐月が指摘するまで分からなかった。
私は千木良くんを見つける度に顔が綻んでいるみたい。
眠そうに歩く後ろ姿も、階段を上ってくる時に見える項も、ジャージ姿も……彼の仕草がいちいち愛おしい。
今こうして私に寄りかかって話す彼にさえ、“かわいい”だなんて。抱きしめたいだなんて。髪に触れたいだなんて……思っている私は一体どういう事なのだろうか。
この感情全てがもし“恋”だというのなら、私は――。



