湿気の多い夜道を歩きながら涼しい風に煽られるとふわりと彼の香りがして、すんと吸い込むと心に小さな芽が宿った気がした。
この香りも、彼に抱きしめられた温かさも私にとって心地が良いみたい。
ほんの少し前にいる彼の横顔。
真っ直ぐ見つめる瞳は相変わらず何を考えているのか分からない。
時折、街灯の光に目を細めるその仕草に胸の奥がきゅんとする。
細める彼の瞳が好きなんだと思う。たぶん。
そういえばはじめて会った時も私は彼を“かっこいい”と思った。夜中に現れた半透明の彼の寝顔にも“かわいい”と思った。
他の男子には一切ほとんど思わない感情を私は彼――千木良空牙には心の底から溢れている。
暗い底から光の元へ引っ張りあげてくれた彼は私にとってヒーローみたいで。
すっかり心を許してしまっている。
だから、たくさん泣けたんだと思う。
――だから彼を見た瞬間ほっとして抱きついてしまったんだ。
私は彼との距離を縮めて言う。
「千木良くん、ありがとう」
「……別に。あ、遠慮とかすんなよ。思ったこと感じたこと嫌なこと俺にぶつけてくれていいから」
「とか言って逆に千木良くんがぶつけてくんじゃないの」
「あーそれは否定出来ないかもなぁ。夏澄の量に耐えきれなかったらそうなるかも?」
「え、なにそれっ意味ないじゃん」
「ははっ、まぁ人間だしそんな強くないだろ」
俺がロボットかAIだったら良かったな、と一間空けた後にそう重ねると拳を作った手を口元に寄せて押し殺すように笑う彼に切なさが募った。



