理想の人は明日から……

「ごめんなさい…… ちゃんと一人で眠れるから……」

 泣きながら言った私に、副社長の両腕が被さってきて、私は副社長の胸の中に入った。


「南が、一人で眠れても…… 俺が一人じゃ、もう眠れないんだ……」


「えっ」

 驚いて上げた顔を、副社長が両手で包み、優しく唇を重ねた。


 唇をそっと離すと……


「南が出て行くって言うから、俺、どうしたらいいか分からなくて、今日仕事にならなかったんだぞ! お陰で、篠田には怒られるし……」


 副社長は、私を今度はぎゅっと強く抱きしめた。


「ど、どうして?」


「俺は、ずっと南が好きだった……」


「えっ。だって、いつもだらだらしていて、私怒ってばっかりだったのに……」


「南に怒られたくて、南に気にしてほしくて、俺だけを見て欲しくて…… だらだらしていた…… バカだってわかってる……」


「ええっ― だって、婚約者も……」


「ああ、あれは噂だけ…… 田辺グループの令嬢は友達だけど、別の好きな奴と婚約したよ。だから…… 何も心配いらない。だから…… 出て行くな!」


 副社長は、私の目を熱く見つめた。

「ううん」

 私は首を横に振った。


「どうして?」


「私は、ここには居れません」


「なぜ?」


「副社長は私の事、何も知らない…… 私がどんな環境で育ったかも……」


「ごめん…… 全部調べさせてもらった……」


「えっ」
 私は驚いて副社長を見た。


「どうしても、南と居たかったから…… 幼い頃、お父さんを亡くして、お母さんと二人で必死で頑張ってきた事も知ってる」


「なら、なおさら……」


「いいや、正義感が強くて、優しくて、可愛くて、大事に育てられたんだって解った。そんな南だから、俺に必要なんだ……」


「でも、周りが……」



「それも、大丈夫…… この間の祝賀パーティーで両親にも、南を見てもらった。篠田の強い押しもあって、両親も快く認めてくれたよ」



「じゃあ、騙していたって事! 私には何も言わないで!」



「そんな人聞きの悪い……  普段の南を見てもらいたかったんだ…… まあ、着物は一番いいのを奮発したけどね…… あまりに綺麗で、驚いたけど……」


「チャラ副社長…… でも、沢山女が居るって噂……」


「そりゃぁ…… 昔は女に困った事は無かったけど…… 南と出会ってからは、誰とも付き合ってないし、遊んでもない。嘘だと思うなら、篠田に聞いてもいい」


「そんな…… 篠田さんは副社長の味方でしょ?」


「いいや、あれは、南の味方だね」


「どうして?」


「俺なんて、南の事でどれだけ篠田に怒られたか…… それに、南が銀行で人質になった時、俺、気が動転しちゃって取り乱して、篠田に殴られたんだから……」


 副社長は、眉間に皺を寄せ、少し恥ずかしそうな顔をした。


「ええ! あの篠田さんが、殴るなんて……」


「落ち着け! 南が耐えてるのに、何やっているんだ! てね…… 凄い男だよ。まぁ、だから、俺の教育係だったんだけどね」


「やっぱり…… 普通の係長じゃないと思たけど……」


 副社長は優しく笑うと、私を抱きながら立たせた。