理想の人は明日から……

 三谷先生は、柔らかい薄い若草色にまとめられた部屋の、窓際にある椅子に座っていた。


 私も、大きくてふかふかした椅子に座り気持ちが穏やかになる……


「何かありましたか?」

 三谷先生は優しくほほ笑んだ……



「それが…… もう大丈夫だと思っていたんです…… でも、ちょっとした音に気絶しちゃって…… 怖くないって思うのに…… 何度も怖くないって言い聞かせるのに…… 夜もあまり眠れなくて…… 先生、私もうこのままなんですか? 今まで、気が強いって言われていたのに…… 怖くなんかないのに……」


 三谷先生は黙って私の話を聞いていてくれた……


「南さん、銀行強盗に遭遇する人って、世の中にどのくらい居るんでしょうね?」


「えっ。多分、そんなに居ないと思いますけど……」



「そうですよね…… 南さんは、本当にあり得ないような経験をしてしまったんです。だから、怖いと思うのは当然の事なんですよ…… 当たり前なんです。そう思いませんか?」


「え――?」


「怖い事を、怖いって思っても誰も責めたりしません…… 怖いって思っていいんです…… 無理に怖い思いを隠さなくていいんです」


「は…い… 怖いと思っていい……」

 私の心の中で、カチカチに固まっていたものが崩れて行く気がした。


「南さんは、今、安心出来る時がありますか?」


 しばらく考えてから、私は返事をした。


「はい……」


「それは、どんな時ですか?」


「えっ。そ、それは……」


「言いにくそうですね……」

 私は小さく肯いた。


「それじゃあ、例えば、誰かと一緒に居る時とか?」


「ま、まあ……」


「それなら、素直にその人に頼ってみるのも、いいかもしれないですよ」


「そ、そういう訳には……」


「その人に、怖いって素直に言ってみたらどうですか?」


 三谷先生は、意味あり気に優しくほほ笑んだ。



 その後は、強盗事件とは関係のない話を、三谷先生と楽しんだ……


 気持ちが楽になるのが分かった……