一匹の若い雌鹿が、やわらかな草の生い茂る丘の頂上まで来て、危険がないか周りを見渡す





辺りに、恐ろしい肉食動物はいないようだ



雌鹿は少しだけ草をはんだ



念のため、もう一度だけ頭を持ち上げて辺りを見回す




茂みからは何も聞こえてこないし、やはり、何もいなかった




と、突然、どこからともなく、ぴゅーっと、風が吹いて来て、辺りの木々の大枝をバサバサと揺らした



ちょうどその時、肉食動物の臭い匂いがしないかと、鼻面を高く上げて、耳をピンと立てていた雌鹿の全身を、激流のような風がすっぽりと包み込んだ





あっという間に去っていった暴風に一人取り残された雌鹿は、何か恐ろしいものでも見たかのように、びくりと全身をぶるつかせ、尻尾から耳の先まで毛を逆立てた



まもなく雌鹿は、狂ったように目をぎょろつかせると、さっと向きを変えて飛び跳ねるように森の奥へと消えてしまった