私、古書店の雇われ主人です。

閉店時間までは、あと二十分くらいある。けれども、他にお客さんがいないのをいいことに、私は機関銃のように最近の出来事を喋り倒した。

「それじゃあ航君、今は家で勉強しているのかい?」

「そうみたいです。真面目だし、勉強嫌いって感じの子じゃないから」

「やるせないね。学校に行かないのは行けないからで、彼は学ぶことを放棄したわけじゃないのに」

「本当に……」

「学校で安全に学ぶ権利を保障するのは大人の仕事なのにな」

「私もそう思います」

羽鳥さんが共感してくれて嬉しかった。だって、航君の状況は「子ども同士で解決しなさい」なんて看過できるものじゃないから。

「私、納得がいかなくて。問題があるのは人権を侵害している側なのに、先生はどうして航君のほうを問題児扱いするんだろうって」

担任の先生に説明を求めたいくらい、と思ったら――想定外のことが起きた。

「ごめんください。店長さんはいらっしゃいますか?」

現れたのはスーツ姿の中年の女性。雰囲気からして客として来たわけでないのは明らかだった。

「私が店長の妹尾ですが」

「お仕事中に恐縮です。私、第四中学校の福富(ふくとみ)と申します。本日は竹内航君のことでお伺いいたしました」

「(ええっ……)」

名刺を渡されたのに、びっくりしすぎて声が出ない。なんていうか、神様って絶妙すぎるタイミングでものすごいことをするんだもの。まさか、担任の先生が来ちゃうなんて。

「竹内君のお母さんから、学校へ来ないでどのように過ごしているのかを聞きまして。こちらへよく出入りをしているそうですね」

なんだか言葉に棘がある気がした。

でも、こうして足を運んでくれたということは、航君にちゃんと関心を持ってくれて、状況を変えたいと思ってくれているかも? 学校の先生は朝だって早いでしょうに、こんな遅くにわざわざ……。

「あの、航君はここで熱心に本を読んで過ごしています。他のお客様にご迷惑をかけることも一切ありません。今は詩歌や純文学にとくに興味が――」

「結局、来なくなったら負けなんですよね」

「はい?」

一瞬、耳を疑った。けれどもすぐに思い出した。学校を休むのは逃げだと、航君が担任から言われていたことを。

「あの、負けるというのは――」

「逃げたら負けということです。人生、理不尽なことなど山ほど起こりますから。それに耐え抜く力をつけることが必要です。辛いことがあるたびに逃げていたら、どうしようもありません。どこへ行ってもやっていけないでしょう」

(何それ……)

唖然とする私をよそに、彼女はさらにこう続けた。

「家に引きこもるのも問題ですが、学校のある時間に頻繁に外出するのもどうかと。学校をズル休みして遊んでいると見られても仕方がないです。一時間でも登校すれば欠席にはならないので、とりあえず来るだけ来てくれればよいのですが」