「お気をつけていってらっしゃいませ、ユライア様」


「爺、何度も言っているが“ユライア”は既に捨てた名だ。
今は、ユーリと…」


もう何度、この会話をしただろうか…
私の目の前にいる翁は、私が何年も前に捨てた名で私を呼ぶ。


「いいえ、貴女の名はユライア様でございます。
貴女は、今は亡き父君にもそう仰るのか?」


「……解っている。
ユライアの名は父上から頂いた大切な名だという事は解っている。
だが、今の私にはこの名は名乗れない。
それは、ヒューゴだって解っているだろう?」


目の前にいる翁──ヒューゴは、悲しき瞳で私を見つめ、その後ゆっくりと口を開いた。


「解っているのならば、良いのです。
ですが“捨てた”などと二度とは言われませぬように…」


「……解った」


渋々了承すると、ヒューゴは苦笑気味の表情を浮かべ、大きな手を私の頭に乗せてきた。


「ヒュ、ヒューゴ!
私はもう子供ではないぞ!」


「いえ、貴女はまだ子供。
本来なら他の娘のように、母や父に甘えたい年頃だろうに…」


「あ、甘えたいなどと思ってはおらぬ!
それに、私にはヒューゴがいる。それで十分だ。
…っと、遅刻してしまうではないか!
行ってくるぞヒューゴ」


「いってらっしゃいませ“ユーリ”様」


ヒューゴはそう言って今の名であるユーリと呼んでくれた。
そして、私は慌ただしく扉を開け、裏にある厩へと行き、繋いであった己の愛馬へと騎乗する。


「頼むよ、オルフェ」


愛馬──オルフェにそう話しかけ、腹を蹴って馬を走らせた…