仕事も人間関係も、そして俺の世話役探しも。
何から手を付けていいのやら、もう手に余り過ぎて全部投げ出したい。

とりあえず、あの人、もといアイツのことを考えると本格的に頭が痛くなってくるから、一旦置いておくことにして。

世話役係に関しては、田口さんが辞めるまであと半月ある。
それまでに後継人を見つければ良いし、最悪見つからない場合は卓哉にでも頼めばいい。

しかし、これ以上人間関係がこじれるのは勘弁だ、自分のことはさておき、手近なところから片付けていこうと思うにも……。


その当の本人はというと、会社を一歩出れば、


「あ、リップの色変えた?」

「は、はい……っ」

少し目を離すと、こんな調子で軽々しい声が聞こえてくる。

俺の会社が入っている建物は、この辺りでは六本木ヒルズに並ぶ赤坂の巨大複合施設で、オフィス棟と商業フロアで分かれていた。
その商業フロアを抜けて駅に向かい、クライアント先に行こうとしていたところ、奴はいつの間にか通りがけの受付の女の子に軽く声をかけていたのだった。

声をかけた理由は、顔見知りの女の子と目が合ったとか、そんな何でもない理由だろう。女の子の方も声をかけられて悪い気はしないどころか、嬉しそうに媚びた声で話している。

無理もないか、と片桐凌眞の出で立ちを遠目で見る。
こだわりまくって仕立てたフルオーダースーツの、クソ高い細身のスーツをすらっと着こなし、いかにも金がかかってると分かるその出で立ちに、女のみならず男でさえちらっと二度見することがある。

そして社会人にしては少し茶色がかった髪を毛先で控えめに遊ばせた少しラフなヘアスタイル。そしてよく喋る口からは適当な言葉しか出てこない。
それでも女の子が簡単に落ちるのは、さり気なく育ちの良さを感じさせるからだろうか。実際、良いとこのお坊ちゃんらしいし、そしてこの文句の付けどころのない甘いルックスだ。

金と地位と外見を生まれた時から授かって生まれた彼は、さぞこの世界が楽しくてしょうがないだろう。自分が少し笑えば、世の中は丸く治まる、本気でそんな風に思ってるんじゃないだろうか。

きゃっきゃっと楽しそうにお喋りする片桐に、後ろから怒りを隠さず声をかける。


「……何してんだよ」

「何って、挨拶」

……肝心な奴がこんな調子だ。
俺の杞憂なんて気付くはずもない。