「明日の天気は曇りか。高畑さん、明日はもっと話しができるといいね」


太陽が沈み、オレンジの光が照らし始める頃。
図書室のイスに向かい合って座り、瀬尾君が愉快そうに話す声を聞いていた。

瀬尾君の声は、低過ぎず高過ぎず。
そのくせエッジが多少かかっていて眠気を誘う声だ。
キンキンとしてないし、篭ってもいない本当に落ち着いた声質。


「……明日、ね」

現実は、どうして人を怖がらせるのか。
明日が来ても、瀬尾君は私を覚えていない。
多分。

それでも明日はやってくる。

24時間は、とても短い。
あと10時間は欲しい。
睡眠時間だけで、約6時間の経過。

時間を10時間増やして、瀬尾君と話す時間にしてギリギリまで忘れないでいて欲しい。
なんて、バカな事。

「瀬尾君は、明日の予定とか考えてる?」

「うーん、まずは学校に来て君と話がしたい。かな」

「……なにそれ」

「嘘は言ってないよ。このメールも、キミがくれた写真も紙も、宝物だ」


私のものを宝物だなんて、瀬尾君は見る目がないのかと思ってしまう。
可愛い女の子はたくさんいる。

たまたま、私が声をかけただけの事だ。

「今日、瀬尾君と話がしたいって言って来た子がいたよ。おしゃれで可愛い女の子」

嫌味を言うタチじゃなかった。
でも少し不安に駆られていて、瀬尾君は話し相手が欲しいだけなのではと思っていた。


「……そうなんだ。でも僕、覚えられないからさ。あんまり友達は作れない」

ちょっと意外だった。
覚えられないのに、私とは話してくれるの?
変なの。

「そういえば高畑さん、写真同好会に所属してるんだね」

「そう、だけど。先生に聞いたの?」

「うん。カメラは自前?」

「自前だよ。貸出ももちろんあるけど、私は趣味で撮ったりするから」

言いながらカバンから一眼レフを取り出す。
コンパクトな見た目だけど高機能で、価格は6万前後もした。

「わぁ凄いな。本物だ……」

「カメラ持ってない?」

「持ってないね。こういうのって、すごく高いよね」

「うん、高い。数万円はしたよこれは」

母からの小遣いを貯めに貯めて、やっと1年前に買えた宝物。

「……見てもいい?」

高いというワードに若干引き気味な瀬尾君。
そこまで遠慮しなくても、とは言え壊してしまうのはさすがに怖いだろうな……

瀬尾君にそっと渡すと、彼は慎重に机の上にカメラを置いて観察し始める。

「カメラ、興味あるんだ」

「あ、うん……凄いなぁって。人の記憶では風景も人も曖昧にしか残らないのに、これで映した物は何年経っても鮮明に残ってる。僕、このカメラになりたいな」

瀬尾君のぼやきに似た呟きに、私は一瞬目を見開き、吹き出してしまった。

「ぷっ、ははは! カメラになりたいって、それじゃあ喋れないよ」

「……」

「今の時代、携帯があれば写真も撮れるわけだしさ、瀬尾君も写真撮っ——」

言いかけた時、カシャと音がして目を丸くした。
だって、瀬尾君がこちらにカメラを向けていたから。


「な、何してるの」

「ごめん、残したいと思ったから。……て言い訳だよね、勝手にごめん」

ごめん、とは言うけど、反省している顔ではなかった。

「私を撮るよりも、瀬尾君を撮った方が画になるよ。イケメンなんだしさ」

「敵わないよ。僕なんて高畑さんに敵わない」

その時初めて、瀬尾君の弱い部分を知ったような気がした。


「高畑さん、この写真を現像したいんだ。お願い、してもいい?」


「……」


私が写った写真を見せられて言葉が出なくなる。
冗談じゃないでしょ、と言いたくなったけど瀬尾君の真剣さに圧倒される。
こうやって写真を見て、明日も覚えてくれようとしているのかもしれない。きっと、そう。


「あとそれから、君のお気に入りがあったらそれも教えて」

顔に似合わず強引な瀬尾君に驚きが隠せない。
私の許可を得るというより、もらう前提じゃない!?

「わ、私のおすすめって……何でもいいの?」

「いいよ、何枚でもいいから。教えて」

「……わかった」

断るのは、多分無理で。
初めて瀬尾君と共に学校を出て、デジカメ・プリントの専門店に足を運んだ。


「はい、これ」

写真館を後にし、生写真を入れた薄紙の袋を渡す。
お金は自分が払うからと頑なに私の手を掴んできた瀬尾君に、どうしてかドキドキしていた。

「ありがとう」

瀬尾君が笑うと心が落ち着く。
無自覚なんだろうなぁ。


「ねえ、あの人見てかっこよくない?」

ふと聞こえてきた女子の声にドキッと心臓が跳ねた。
明らかにこちらを見ている女子高生2人。
ただ救いなのは、それが同じ学校の生徒じゃないこと。

同級生なんかに2人きりでいるところを見られたら、なんて噂されるか。
とは言え、当の本人はそれに気づいていないのか現像した写真を眺めている。


「あれ、北校の制服じゃない?」

「あの2人付き合ってるのかな?」

「え、ないでしょ。だってあんなイケメンだよ? もっと可愛い子が彼女に決まってる」


…………普通に聞こえているんですけど。
わざとなのかな。
付き合っていないといえ、頭にきた。

自分が釣り合わないことくらい分かってる。
そんな事、いちいち言わなくたって。

溢れてしまいそうな涙をグッとこらえた時、突然手を握られて一瞬何が起こったのか分からなくなった。


「え……っ?」

「行こっか」


え……どういう、状況……

微笑んだ瀬尾君の温かい手が私の手を包んでいる。
一瞬だけ目が合った女子が私を睨んでいて、とたんに目をそらす。

誰もいなくなった道を歩く瀬尾君に必死について行く。
手、つないだら見えちゃうじゃん……