ピロンと音が鳴り、瀬尾君が携帯の画面をまじまじ見つめた。
そしてため息を1つ。
「…………知ってるよ」
「へへん、どうしても書きたかったの」
数秒して今度は私の携帯から音が鳴り、画面にメールの文面が通知として表示される。
『僕は瀬尾一輝です』
「同じじゃん」
「仕返しだよ。あ、もう授業始まりそうだ。高畑さん、教室に戻ろう」
心地いい時間は、あっという間に過ぎていく。
1日は早く終わって欲しかった。
今はその逆。
ふぅ、と息をついて瀬尾君と別れた。
「可奈おかえり。なんか凄かったよ、教室中」
疲れた様子の美友に「ごめんごめん」と手を合わせて席に着く。
「……あの人、凄いどこかで見た感じした。アニメで見たのかな?」
「中学、一緒だった。矢木中」
「まじで? 矢木中あんな天使みたいなイケメンいたっけ?」
「……それは失礼じゃない?」
「イケメンいなかったとは言ってないっしょ? 女子達が目をハートにさせて」
「高畑さん!」
美友が言い終わる前に誰かに呼ばれ、素直に顔を上げる。
目をキラキラさせた女子3人組が私の机をバンと叩いてきたから、これはまずいと息を呑む。
「さっきの誰? 先輩? もしかして恋人なの⁉︎」
「は、え……いや」
「さっき、彼に声をかけられたんだけど数秒くらい見つめられたの! もうーっ、かっこよかった!」
瀬尾君の事だろうな……
みんな、知らないのか。
「彼氏じゃないんだったら、連絡先教えてほしいんだけどさ!」
どうしてこうもガツガツくるのか、私には到底理解できない。
それに、瀬尾君は全てを記憶する事ができない。
何も知らない人にうかつに名前や学年、ましては個人情報を教えるのは嫌だった。
「さっきの、うちのクラスの瀬尾だろ? 確か、記憶喪失で誰が誰か分からないとかなんかって聞いたけど」
聞き耳を立てていた男子の言葉に、すかさず反応する女子。彼女は三鷹さんだ。
「記憶喪失⁉︎ なにそれ、なんか可哀想……」
良心のつもりで言ったのかもしれないけど、三鷹さんのその一言にイラっとした。
私にはその権利も義務もない。
でも、可哀想という言葉は無責任だと思う。
平気でその言葉を使う人は、本当に他人がピンチの時に手を貸して助けない。
自分は絶対にこうなりたくない、その思いが現れているから。
「ごめん、個人情報は勝手に教えられないから」
愛想笑いを浮かべ言えば、「そっかー」と笑い席に戻っていく。
私に言われたわけではないのに、心臓がチクチクと痛む。
可哀想って何……
「やな感じだね、今の言い方」
美友がぼそっと呟いて、私は額に手を置いた。
三鷹さんだけじゃない。
私も同じだ。
瀬尾君と私の見る景色は違うなんて。同じなのに。
私も瀬尾君も、同じ空を見ている。