それでも、美友が教えてくれなかったら何も分からないまま時が過ぎていたかもしれない。
先生に聞けばとも思ったけど、その時は頭の端にも思いつかなかった。

授業は好きでも嫌いでもない。
時々、本を読みたくなる時もあってこっそり読書をしたこともある。
すぐに授業に戻らなきゃと本を閉じてしまうけど。

瀬尾君は、いつも本を読んでいる気がする。

その瞬間しか見ていないだけなのかも。
それとも本当に読書しかしていないのかな。

どうしてか、頭から離れない。


「私……本当におかしくなったのかな」

「え? 何言ってるの可奈。好きって感情は別に悪いものじゃないじゃん。むしろ恋なんて興味ない可奈がそんな頬赤くして、可愛い」

「……」

美友は私が瀬尾君に恋している事にしたいらしい。
そんな事ないのに。
そもそも、恋ってなんだろう。

ドキドキして、目も見れなくて、夜も眠れない。

確かそんな風になると聞いたけれど、目は見れるしドキドキもしないし夜も眠れる。
ただ、あの日から私の頭の中には瀬尾君がいる。

忘れられたことが憎いから?
記憶障害を持っている事で同情しているから?

不謹慎な感情を持っているのではと自分が嫌になる。


だいたい、好きだからと言ってどうなるの。
瀬尾君が私を好きになるとは思えないし、一生引きずるようになりそうで。


……瀬尾君と並んで歩く人は、一体どんな人なんだろう。

きっと、心が優しくて美人な人なんだろうな。
私が瀬尾君の隣に並ぶなんて、それこそ女子の反感を買う。
私は瀬尾君の友達だ。



「あー! 授業終わったぁ!」

苦手教科の数学が終わり、本を掲げて喜ぶ美友の横で伸びをする。
晴れた空はとても元気で太陽の光が眩しい。

空を眺めていたら、美友に「可奈、可奈っ」と慌てるように肩を叩かれて呆れながら美友を見た。


「何? どうしたの急に」

「可奈呼んでるって、ほら廊下の男子」

え? と思ったのもつかの間。
廊下で頬を赤くして私を指差す女子と、瀬尾君の姿が目に映って驚いた。

私を、呼んでる?
その時、瀬尾君と目が合い思わずドキッとした。
瀬尾君は私を見るなりふっと微笑んで教室に入ってくるから、何が起きたのかとクラスメイト達の視線が向けられる。


「ど、どうし……」

「高畑さん、ちょっと聞きたいことがあるから来てほしいんだけど、良い?」


窓際の私の席までやってきた瀬尾君にものすごく緊張した。
聞きたいことって……?

周りのクラスメイト達は明らかに私と瀬尾君の関係を疑っているようにジロジロと見てくるから早くここから離れたくなる。
その1人に、美友もいたから。

私は頷きそそくさと荷物を整え瀬尾君の腕をつかむと、半ば無理やり教室を出た。

微かに聞こえた「誰?」というクラスメイトの声に、瀬尾君がずっと教室に来ていないことを改めて知った。