シンラはしばらく無言だった。


言葉に困ってるみたいだった。


だから、自分の方から声をかけた。


「……今からだって遅くないでしょ。

だから……」


「……だから、なんだってんだ……!」


彼が顔をあげて、それからすごい顔で睨みつけられた。


さすがにちょっと、怖かった。


「遅くないからなんだってんだよ。

俺や父さんほっといて、どこぞの男といい思いしてる奴なんか、知らねえよ!

何を今更……!」


「嘘!

絶対嘘!

いいかげん素直になりなさいよ、この唐変木!」


「……あぁ……ああ、分かってら!

っつっても、分かったのなんてだいぶ後になってからだけどな!

分かってるよ、あの人が。

俺の夢のために連絡よこさなかったってことは。

でも、分かったとしても、どうしようもねえだろ!

あの人が……父さんを裏切ったことは、間違いねえんだから!!」


……ああ、そうか。


少し、心が揺れた。


彼が、お母さんを許せないその中心の思いは。


彼が傷ついたからじゃない、お父さんを裏切ったことが許せないから、なんだ。


彼が深く……本当に深く傷ついたことよりも。


それでも。


「……そんなの、シンラの思いこみかもしれないじゃない」


「……んだと?」


「お母さんのことなんて、これっぽっちも考えてないんでしょ?」


「は!

知るかよ、旦那や息子より、近くの手頃な男とよろしくやってる奴なんて……!」


「やめてよ!

そんなはず、ないでしょ……!

どうしてお母さんのこと、そんなに信じてあげられないのよ……!?」


平気なはず、ないだろう。


仮に他の男性と結ばれていたとしても。


愛する息子を一人ほったらかして、平気な訳がない。


もしも、それが全然平気な人だとしたら、シンラがしんどい時に思い浮かべてしまうようなことはないだろう。


お母さんは、苦しんでいるはずだ。


寂しがっているはずだ。


……仮に、新しい家族とうまくいっていたとしても。


「なんで、分かってあげないの……?」


自分を助けてくれたシンラが。


あろうことか、彼自身のお母さんを苦しめている……それがたまらなく嫌だった。