第二話 特別な女子高生

「いーろはー!」

いつもの駅で電車を待っていると、遠くから私を呼ぶ声がした

「あら、今日は早いじゃない」

「えへへ〜。始業式だし、何だか寝られなくて」

走ってきたのか、振り乱した髪を整えつつ笑顔で話す

「私たちはクラス変わらないんだから。そんなに緊張する事ないでしょ」

「担任の先生っ!去年は飯島だったじゃん〜もうつまんなかった!
今年は三島先生がいいなっ」

「え、顧問じゃない。私は嫌よ」

「なんで!三島先生いい先生じゃん!」

朝ごはんを食べ損ねたのか、彼女はゼリー飲料をカバンから取り出す

「…何考えてるか分かんないから警戒したくなる」

「あははっ!確かに読めないところあるよね、あの人」

楽しそうに、そんな話をしていた

「ほら、電車来たから乗ろう」

私が指さす方からクリーム色の電車がホームへと滑り込む

目の前で開いたドアからキョロキョロと中を見回す彼女

「んー今日は人少ないね〜」

「…今日も、でしょ?」

「間違いない」

お互いふふっと笑い、席へついた

私に話しかけてきたのは相川みずき。
中学からの友達で、movie部の部員でもある

そして同じくmovie部の私、黒崎彩葉(くろさき いろは)。
葵学園の…今日から二年生

そして

私たちの所属するmovie部。

あまり聞き慣れない部活動だと思う

活動内容は演劇部とは違って、自分たちでシナリオを展開して映画を作り、文化祭などでそれを発表している

私は台本をとる監督

みずきはその作品に出演する役者さん

他にも何人か部員がいて…まあそれはその時に説明しようかな

海沿いを走る電車に揺られながら、みずきと学校へ向かう

「そう言えばさ〜昨日まっちゃんが言ってたんだけど、今日うちのクラスに転校生が来るらしいよ」

「転校生?」

「何でも仕事?でこっちに長いこといるらしくて。
ついでに転校してくる〜みたいな?」

「なにそれ。
…まぁ、私たちの学科は“普通じゃない”からね」

「“普通じゃない”、かぁ…」

揺れる車内で、二人は窓の外を眺めた

しばらくして目的地に着き、電車を降りた。

小春日和。
桜が咲き誇る桜並木を、二人は歩く

「うわぁ…もうすっかり春!って感じだね〜」

「そうね…桜が綺麗に咲いてる」

優しい風に包まれ、二人で桜を見上げていると…彩葉のケータイが鳴る

「…はい」

せっかくの雰囲気を壊されたことに多少機嫌を損ねながらも、電話に出る彩葉

「おー、黒崎!おはよう!俺だ。三島だ」

「…画面見れば分かります。
それで?用件はなんですか?挨拶だけとか言うなら切りますよ」

電話の相手は、顧問の三島先生だった

「ははっ、相変わらずだな〜黒崎も!
用件というか…今どこにいる?ちょっと人手が足りなくてな」

「もう学校の近くです。みずきもいますけど…」

「おぉ、相川も一緒か!二人で手伝いに来てくれるととても助かるんだが…!」

隣で話を聞いていたみずきがひょこっと口を挟む

「先生!じゃあ、今日購買のメロンパン奢りで!ありがとうございま〜す!」

「あ、私のもお願いしますね」

「お前らちゃっかりしてんな〜
わかったよ。とりあえず、着いたら部室まで上がってきてくれ!よろしく」

そう言うと電話を切り、ツーツーという音が聞こえるだけだった

「ほんっと…自分の用件伝えるだけ伝えて切ったよあの教師…」

「まあまあ!今日のメロンパン確保出来たし!いいじゃん」

…この子の頭の中、もうメロンパンの事しかないんだろうなぁ

ため息混じりにまた歩き始め、学校への道を急いだ


「おー、思ったより早かったな!」

「いや先生が急げって言ったんですよ…」

みずきと二人で部室に着き、ドアを開けた瞬間唖然とした

「っていうか先生、何これ…」

私たちの目の前に、いくつもに積み上げられたダンボールがあった

「実はな、さっき教頭先生がここにいらしたんだ。
それで黒崎、お前のあの作品をかなり気に入ったらしくてな…明後日に控えた新入生歓迎会で、また別の作品を披露してほしいとの事だ!」

「……は?」

突然の申し出に、さらに唖然となる私たち

「お前が作る作品を、また見たいんだとよっ!」

にかっと笑う三島先生の話が読めない

「いや、えっと……」

混乱する私の横で、呆れ顔のみずきが一歩前へ進み出る

「…つまり、明後日までに彩葉にもう一作品作れと?」

「そういうこと☆」

「そういうこと☆…じゃないわよっ!」

みずきのドロップキックが見事先生に命中。

「あの作品って…“陽だまりの中で”、のことでしょ?
あれ作るのに一ヶ月はかかったんだよ?無理すぎじゃない?」

先ほどと打って変わって怒り気味なみずき

「まあそのために機材やら衣装やら教頭先生がわざわざ支給してくださったんだ。
…期待に答えないわけにはいかないだろう?」

「…もう報酬は貰ってるってわけね」

みずきの口元が歪む中、私も考えていた

「…明後日の歓迎会までにどのくらいの作品作ればいいの?」

私の一言にみずきは驚き、目を見開く

「ちょ、冗談でしょ?!無理無理!
もう時間ないんだよ?どうやって…」

「うーん…他の部活の紹介もあるだろうから…二十分あれば充分かな」

二十分…

「…わかりました。午前中に何とか台本立ててみます」

「…彩葉、本気?」

信じられないといった顔で口元をひくつかせるみずき

「せっかく評価して支援してくれる人がいる以上、無駄には出来ないもの
…みずき、手伝ってくれるわよね?」

「まぁ…彩葉が言うなら…」

渋々口を尖らせながらも承諾したみずきと、目を輝かせる三島先生

「よし、それじゃあ今日の放課後から早速練習を始めよう!
ほかの部員たちには俺から伝えとくよ」

「…よろしくお願いしますね」

部室の荷物をあらかた片付け、教室へと戻った

ー…

「…香月翔。よろしく」

私たちのクラスにやってきた転校生は、最近よく雑誌や舞台で目にする人気者だった

ふーん。あの人が…

彼は私の左隣の席へとついた

…カバン投げるなんて、乱暴だなぁ

私の名前だけ伝えると、様子を伺うように彼も答える

…女の子、苦手なのかな

初めての場所で戸惑う気持ちも分かるけど…何だか、あまり話したくなさそう

必要最低限の会話にした方が良さそうね…

私がそう考えていると、何か企んでいるような笑顔で話しかけられた

「なに、あんたも舞台に興味あんの?」

なっ…

さっきまで話したくないオーラ出してたくせに!

いきなりなんなの?この人

突然挑発された私はカチンときて、思わず売られた喧嘩を買ってしまった

「…興味、ねぇ。
いいわ。今日の放課後、この真上にある教室に来なさい」

…今日、一番忙しいのにやってしまった。

しかも学生とはいえ、プロの俳優を目の前にして…

私、今日疲れてるのかな



だけどこの人の演技は、私好きじゃない

何度もmovie部として映画を作るために色んな舞台を観に行き、
何度もこの人の姿を目にしていた私

周りから見れば格好良くてスタイルのいい、人気俳優として見られるだろう

だけど

私がいつも見ていた彼は、どこか寂しそうだった
本気で演技をしている人の目じゃ無かった

ー“早く辞めたい”

ー“早く舞台から降ろしてほしい”

そんな声が、
彼の心の叫びが…
時折、聞こえてくるような演技だった

…そんな彼が私たちの作品を見た時、どんな顔をするんだろう

ちゃんと演技をすれば、もっと輝くのになぁ…この人

…いつか、この人に私の書いた作品を演じてもらいたい

それで、演じることの楽しさを教えてあげたい

売られた喧嘩を買ってしまったが…それを思うと、悪くない気もして。

少し緩んだ口元を見られないように隠し、早速台本作りに取り掛かった