電車とバスを乗り継いで、ようやく家の周辺にたどり着いた時には、さっきの涼しさはどこにいったのか。すっかり汗まみれだった。現在、午後3時半。日焼けしないかわりに皮膚が真っ赤になるタイプの私は皮膚がもうすでに林檎のようになっていた。痛い。
あとはこの坂道を上るだけだというところまで来た。あと少しだ。
「あの」
不意に後ろから肩を叩かれた。振り替えると、同じ年くらいの男の子が立っていた。
「なんですか?」
「前嶋 亜稀さん?」
私は咄嗟にこの人の顔を思い出そうとした。けれど、いくら考えてもこんな知り合いはいないはずだ。なのに、どうして私の名前を知っているのだろう?
「えっ、と……。どこかでお会いしましたっけ?」
まじまじと失礼なくらいに顔を見つめる。
白い肌はほんのりと上気していて、うっすらと汗が浮かんでいる。首筋はスラッとしていて、妙に色っぽい。
その人は顎に手を添えて、しばし思案する素振りを見せた。
「僕は最近、この辺りに引っ越してきた
澤村 碧と言います。父が6年前に今の住居近くのアパートに単身赴任していて、その時に前嶋さんのご家族と交流が少しだけ交流があったみたいなんです。本当に少しなんで、覚えていなくても無理はないと思うんですけど……。それで、父が僕に亜稀さんの話をしてくれて…」
澤村……。駄目だ、同級生の顔しか出てこない。6年前って、私は小学生?
「たぶん、この辺りで前嶋亜稀って私だと思います」
澤村さんはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……あ、そうだ」
澤村さんは私の顔を伺うように言った。
「あの、僕まだ越してきたばかりなのでもしよかったらお友達になりませんか…?」
なんだ、そんなことか。
「私でよければ全然構いませんよ」
澤村さんは顔をほころばせた。
「よかった」
私は懐からスマホを取り出した。
「アドレス交換しませんか」
「もちろん」
澤村さんも黒いスマホを取り出して私の方に向けた。赤外線でアドレスを交換する。
「ところで、澤村さんって高校生?」
「碧でいいよ。高1。前嶋さんは?」
「亜稀で大丈夫。私も高1」
アドレスを交換し終わった。
「ありがとう」
「いや、こっちこそ。引き留めちゃってごめんね」
「ううん。夏休みって課題が終われば大体暇だから、沢山遊ぼうよ」
私の家には旅行に行くような洒落た文化はないので、夏休みにみんなが長期の外出に行ってしまうと遊べる友達がいなくなってしまう。
「うん、僕も暇だったら連絡する」
「わかった。じゃあ、私行くね」
私は歩きながら碧に手を降った。
現在、午後4時。若干暑さが和らいだ。
楽しい夏の始まりの予感がする。