俺に、青春なんて必要なかった



今日は、二学期の終業式だった。
平凡よりはごく冴えない人生を送っていた俺にとっては、二学期は波瀾万丈な時期となった。
そして、それも漸く締め括られようとしていた。
目まぐるしく変化した数ヶ月の間に、俺の中での姫野の存在も徐々に薄くなっていた。
だが、完全に消えた訳ではなかった。
そのことに今日、気付かされることになるとは、俺は思いもしなかった。


普段通り、校門をくぐり下駄箱に着いた。
そして、靴を履き替えようとした手を、俺は止めた。
一瞬、下駄箱を間違えたかと思ったが、そこには間違いなく俺の名前である“和久井慎一”の文字が記されてあった。
不信感を滲ませながらも、俺は恐る恐る下駄箱に挟まった紙切れを手にした。
それは紙切れと呼ぶには相応しくないほど、かわいらしいデザインが施されていた。
いや、もしかしたら女子にしてみればごくごく普通の便箋なのかもしれないが、少なくとも初めて見る俺にとっては凝ったデザインに見えた。
そして、宛名は間違いなく俺であったが、差出人を見た瞬間、思わず自分の目を疑ってしまった。
そこには姫野の文字があった。
いや、差出人の名前がなくともきっと、俺はその人物を見抜いていただろう。
何故なら、それは姫野の筆跡に他ならないからだ。
俺は、その場で封を切った。
紙に触れた指先は瞬く間に体温を奪われ、途端に加速した鼓動のせいで視界は揺れた。
冷静さこそ失われていたが、それでも俺はそこに書かれていた内容を何とか理解することが出来た。

それから俺は、何とも落ち着かない状態で、教室へと向かった。
どんな顔をして姫野に会えばよいか、分からなかったからだ。
しかし、終業式が始まる前も終わった後も、俺が姫野の姿を見掛けることはなかった。
何故なら、彼女は教室にはいなかったからだ。
鞄が掛けてあることから、学校に来ているのは確かなようだが、それにしてもいったい何処にいるのか。
俺は、鞄の内ポケットに仕舞った手紙に視線を向けた。
さすがにここで開く訳にはいかなかったので、内容をもう一度反芻した。
けれど、反芻すればするほどに、疑問と迷いが生じてきた。
その手紙の内容とは、以下のものだった。



“和久井くんへ
突然のお手紙、ごめんなさい。
本当に自分勝手なお願いなのですが、今回こうして手紙を書いたのは、どうしても伝えたいことがあったからです。
もし、和久井くんがよければ、今日学校が終わったあと屋上に来てください。
待っています。
姫野”



この内容からすると姫野は今日、学校に来ているはずなのだ。
しかし、一向に姿を現さないとは、どういうことなんだろうか。
もう既に、屋上にいるとでもいうのだろうか。
卒業式を放ったらかしにしてまでも、そんなに伝えなければならないことなのか。
いやしかし、手紙には学校が終わったあとに、という文言が書かれてあった。

ではいったい、何処にいたというのだろう。
そもそも、金輪際、姫野に関わるなと佐久間からは釘を打たれているし、俺自身もそう誓ったのだ。
ましてや、姫野も佐久間に明言していたではないか。
俺とは一切接点を持たない、と。
ああ、ますます混乱してきた。
気分を変えるため、俺は窓の外に目を向けた。
晴天だったはずの空も曇天へと変わり、今にも雨が降りだしそうだった。
それは今朝の天気予報通りで、珍しいこともあるもんだな、と俺は思った。
そして、持参した傘を片手に教室を後にしたのだった。
向かった先は当然、屋上だった。
俺は出来るだけ何も考えないよう無心を努め、ドアノブに手を掛けた。
それは、予想外に冷えていた。
何となく、嫌な予感がした。
屋上へ続くドアは重く、この先へ行くことを躊躇わせた。
俺は深呼吸一つすると、力強くドアを押し開けた。
そこは、まるで俺を歓迎しないかのような、冷えきった冬の雨と風が吹き付けていた。


「寒いな」


思わず、声に出るほどだった。
見通しも悪く、用がなければ来たくもない場所だと思った。
唯一、言えることは人気がなく、彼女と会うにはもってこいの場所だということだ。
佐久間に、つつかれる心配もないだろう。
俺は傘の準備をしてから、周囲を見回した。
ちょうど俺の立ち位置の左手に、姫野らしき姿を捉えることが出来た。
そして、思わず目を見張った。
何とこの寒空の下、彼女は傘も差さずにいたのだ。
俺は、小走りで背後から駆け寄った。