「そこ、座って」

逢沢さんは僕をリビングに通すと、三人掛けの黒い革張りのソファーを指す。
恐ろしく座り心地がいいソファーだ。きっと高級なんだろう。

そう言えば、逢沢家にお邪魔するのは、今日が初めてだ。
今までそんな機会もなかったしな、と思いながら部屋の中をチラ見する。

逢沢さん家はペントハウスの我が家より狭いが、このマンションの中では一番広い部屋だったと記憶する。

だが、家具や小物は我が家よりセンスが良く、高級そうなものばかりだ。
稼いでるんだなと下世話な思いを抱き、ブルンと頭を振りそれを追い払う。

「ちょうど良かった。ケーキをたくさん貰ったんだよ。食べてって」

さっきの不機嫌さはどこへやら。ニコニコ顔で大きなケーキの箱をローテーブルに置く。

おお、ドリーの箱だ。

「いただきます」

即答で答える僕に、飲み物を訊く。

「コーヒーでいいかい? 眠気覚ましに淹れようと思っていたんだ」
「あっ、すみません。仕事だったんじゃ?」

立ち上がりかけるを僕を逢沢さんは慌てて制する。

「大丈夫だから。心配しないでいいよ。ゴールデンウイーク明けに二本締め切りがあるけど順調だから。でも、どこにも行けず、恵には可哀想なことをしていると思ってたんだ」

逢沢さんは、すまなそうに恵を見る。

「だから、君が訪ねてきてくれて嬉しいんだよ。恵の気晴らしになると思うから」
「もう、パパったら、私も受験生だから気にしなくていいって」

気晴らしって……本当、恵のことしか頭にないんだな。あまりに逢沢さんの思考が分かりやすすぎて笑える。

でも、ここにもゴールデンウイークからのはみ出しっ子がいた。

あっ、そうだ!
僕はいいことを思い付いた。