「……家出してきます」

コソッと声を掛けると、「はーい、行ってらっしゃ~い」と明るく元気な声が返ってくる。

そりゃあそうだろう。あの母が休みに入る前に原稿を上げたのだから。
トヨ子ちゃんが狂喜乱舞したのも分かる。

――なのに、まったりお茶を啜っているところを見ると、僕と同じく行く所がないみたいだ……と思っていると、「あっ、そうそう!」と思い出したように母が声をかける。

「私たち、明日から取材旅行だから」

突然の言葉に目をパチクリさせる。
取材旅行って何だ?

「……ちなみにどこへ?」

母は語尾に音符マークを付け、「沖縄ぁぁぁ」と歌うように言う。

そして、超浮かれ調子に、「ソーキそば、ラフテー、じーまみー豆腐、てびち、島らっきょうのてんぷら、ああ、楽しみだわぁ」とメチャメチャな節で、本気で歌い始めた。

何それ? 食べ物ばかりじゃないか! 仕事? 遊びに行くんじゃないか!
あっ、だから原稿を必死で仕上げたのかと今更ながら納得する。

クソッ息子の僕を置いて行くなんて!

「とにかくお留守番よろしくね」
「お土産、たくさん買ってきます。楽しみにしていて下さい」

トヨ子ちゃんがニコリ笑う。