僕と家族と逃げ込み家

午前十一時半。

「こんにちはぁぁぁ!」

サラサラの髪をなびかせ、岡崎弟が駆け込んで来た。「こら、健太!」と岡崎姉がその後に続く。二人の上品な顔立ちに育ちの良さが窺える。

我々を見ると岡崎姉は慌てて「あっ、こんにちは」と行儀良く頭を下げる。

「茜ちゃん、中学入学おめでとう」

逢沢さんが声をかけると、「ありがとうございます」と茜はニッコリ微笑む。その横で「僕は四年生だよ」と健太が胸を張る。

こいつもずいぶん明るく逞しくなった。
逢沢さんが「そりゃ、おめでとう」と笑いを噛み殺す。

この岡崎姉弟の父親が僕にこの塾を開かせた人だ。

ここから五十メートルほど西にある、ドラックストアが入るビルの二階で歯科医院を開業している歯医者さんだ。ちなみにそのビルのオーナーでもある。

そして、この春、僕のところから巣立つのがこの茜だ。

茜は引き続きここで勉強したいと言ったが、小学生しか見ないというのが最初の約束だった。

父親の跡を継ぎ『歯科医になりたい』という茜の将来を、一介の高校生に担えるわけがない。そんな責任も負えない。

――というわけで、茜はこの春から駅前の学習塾に通うそうだ。

「茜、健太、何にする?」

塾の謝礼は飲み物か食事代で相殺される。

カフェのバイトをしながらだから正規に月謝など貰えないし、貰おうとも思っていない。でも、店を間借りしている以上、店への貢献は必須だ、ということでそういうことになった。

それに、岡崎父が言ったんだ。「只より高い物はない」ってね。