『えっ! お前、キスの経験ないの?』

脳裏の片隅に追いやった胸を突き刺す言葉。それがムクムク顔を出す。
チラつく優越感溢れるクラスメートの顔。

くっそぉ、あいつら!

フンと鼻息荒く大福に齧り付く。その時だ。キーを叩く音がピタリと止む。
一瞬の静寂。フワリとカーテンが春風に揺れ、それを合図に聞き慣れた声が耳に届く。

「勇司はうなじに唇を這わせ、右手でブラウスのボタンをゆっくり……」

リビングとダイニングは続き間で三十帖ほどある。声の主はダイニングテーブルにデンと置いたノートパソコンを前に、普通人なら絶対に口にしない言葉を恥じらいもなく発していく。

それは、世にもおぞましい母親の読み聞かせだった。

やばっ! 春の陽気に浮かれてすっかり油断していた、と思った瞬間、あっ! 既に遅かった。

ゴクンと飲み込んでしまったのだ。大福を、塊のまま。

「うぐっ」

不幸とは重なる時には重なるものだ。なんと塊は胃まで落ちずにピタリと喉を塞いでしまった。