「いろいろあったみたいだけど、今は春太の周り、おめでた続きだね」

ああ、そうだなと頷き、釘を刺す。

「それに便乗して、お前も受かれよ!」
「……うん」

何だ、その頼りない返事は……。
そこで閃く。

「恵、お前、何か欲しいものあるか?」

卑怯な手だが……。

「合格したら何でもやるぞ」

人参をぶら下げてみる。
案の定、恵の瞳が輝く。

「本当に何でもいいの?」
「高いものは無理だけどな」

金がない。

「本当に本当に、何でもいいんだね」

しつこい!

「ああ、できる範囲のことなら何でもやってやる」

それで合格するならな。

「うん、じゃあ、分かった。絶対だよ」
「ああ、考えておけ」

恵は、喜々と数学に取り掛かる。
本当、単純な奴。

フッと笑みを浮かべていると、ノックもなしにドアが開く。

「パパ、失礼じゃない!」

恵が目くじらを立て怒るが……いつもの逢沢父じゃない。怖いぐらいに真剣な眼差しで僕を見つめながら言う。

「春太、大変だ。源さんが病院に運ばれた!」

絞り出すような逢沢父の声が右耳から左耳へと流れていく。
――今、何て言った?

「……危篤だそうだ」

源さんが……危篤!

やっと回り始めた脳細胞に『危篤』の二文字がリフレインする。そして、亮のことを思った途端、弾かれたように椅子をから立ち上がり部屋を飛び出す。

「あっ、待て! 病院まで乗せて行く!」

逢沢父の声に続き、恵の声が追いかける。

「私も行く!」